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香子が今この部屋を入るのに使った鍵は、夫の血だらけの通勤バッグから見つけたものだ。昔、子供達が父の日に送ったキーホルダーが付いていた。
しかし郵便受けの鍵は、不動産会社から預かったままの、部屋番号が書かれた札が付いた予備の鍵だった。
予備の鍵が玄関ドアの新聞受けに入っているというのは、どういう状況なんだろう?
夫が鍵を忘れた時のために予備で入れた?
いや、そこに入れては何の役にも立たない。
夫が出かけたあと、誰かが鍵を閉めてここに返して帰った?
嫌な予感がした。女の勘だった。
香子は靴を脱ぐと、二つのビニール袋はそのままに、恐る恐る廊下の先のリビングに向かった。リビングは綺麗に片付けられていた。
そしてその食卓を見た時、香子の疑念は確信に変わった。
使い込まれたランチョンマットの上に、お茶碗とお椀が伏せられ、箸は綺麗な箸置きに置かれていた。
そしてその横には白い紙があった。
――仁さんへ
お夕飯は冷蔵庫にあります。お味噌汁はお鍋を温めてください。
また来週。楽しみにしています。
広美 ――
香子はその書き置きを読むと、へなへなと崩れ落ちるように床に座り込んだ。
夫が交通事故に遭い瀕死の重体だというのに、夫の浮気を知ることになるとは思ってもいなかった。
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