第20話 枕と営業

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第20話 枕と営業

「お願いだから嘘だと言いなさいよ」 「嘘じゃないぞ?」  朝早くから家にやってきたツクモに対し俺は即答してやった。  俺だって嘘だと思いたいさ。今日の朝に開催される不定期市を逃すと10日間空くとの情報を得ている癖に何も教えてくれず、結局昨日の寝る直前の段階で俺に対して言ってきたのだから。  最初は寝ぼけているのかと思っていたが、忘れていた事に対し申し訳なさそうな素振りを見るに、次回の不定期市が開催される間10日間も間隔が空くという悲劇はどうやら嘘ではなく真実のようだ。  商工会からのお墨付きを得ていない俺にとって、今や不定期市でモノを売る事が唯一の収入源である。 「来たなら運ぶのを手伝ってくれないか?」 「ちょ……重っ。何が入っているのよコレ」 「この前倒した蜘蛛いたろ?あいつから採取した素材で作った試作品ばかりだ。夜通しで造ったからはっきり言ってどんな効果が付与されているか全く確認してもいない」 「はっ? 適当に造ったガラクタを市場で売る気なの?! あんたそれでも鍛冶屋の端くれなの?」 「文句が言いたいのなら、直前に言ってきたヒュノに頼む」 「あの子は?」 「まだ寝てる」 「すーすー」  1人気持ち良さそうにお腹を出してぐうすかと寝ていた。 「はぁ……ライザもよくこんな得体のしれない子を匿っているわね」 「俺からすれば『嘘つきライザ』の家に何度も訪問してきるツクモの方が怖いのだが?」  森での探索中、ツクモは俺の事を嘘つきライザと呼んでいた。勿論、そう呼ばれていることを俺から話した覚えなんてない。  ツクモは俺の正体を知っているのにも関わらず、こうして接触してくる。何が狙いなのかは全くわからない。 「監視よ、カンシ。商売人として下らない物を売られては街として困るわ」  なんだよ。結局、ツクモも商工会の奴等と同じような事を言って俺を全否定し…… 「だから、あんたには良いものを造らせないと、という使命感が私を駆り立たせるのよ」  思わずツクモの顔を見る。嘘偽りのない真剣な顔で俺の事を説教している表情がそこにはあった。死んだ親父に説教されていたときと同じ真剣な顔が。  ヒュノの時もそうだ。  攻撃力+1しか付与できなかった失敗作をガラクタ扱いしたときも、ヒュノも同じような顔をして俺を怒っていたのを思い出した。  ヒュノにツクモ。  こんな俺に何を期待しているのやら。 「ま、良いモノかどうかは知らないが、今日の不定期市で物が売れないと、今日の昼はマンドラゴラを使った料理になるかもな」 「なっ……また、あのゲテモノ料理を私に食べさせる気?」 「食いたくなければ、家に帰れよ?俺やヒュノと違って帰る場所とか親父さんが待ってるんだろ?」  ツクモが幼い頃に兄が行方不明になっていることを蜘蛛との一戦後に聞かされた。  自慢の兄が行方不明になってからは、お母さんが体調を崩し、実家で療養中らしい。今は親父さんの仕事の手伝いをしているとのことだが、内容は詳しくは語ってはくれなかった。 「それとこれは別よ。私がいないとガラクタを法外な値段で客に押し付け兼ねないわ。商売はね、信頼が大事なの!」  信頼という言葉は身につまされる。嘘つきライザの汚名は強力な石鹸でもどうも落ちそうにもない。 「ツクモも商売を生業にしているのに、汚名の家にオメオメと訪問していて大丈夫なのかよ? 信用は大事なんだろ?」 「似ているようだけど違うわ。私が言っているのは信用じゃなくて信頼よ、シンライ」  何を言っているのか、ツクモは。どっちも他人を信じる事にどんな違いがあるというか。 「じゃあ、あんたを『シンライ』してヒュノの起こし役を頼むとしよう」 「は? 何で私がこの子を起こさないといけないのよ?」 「このペースだとヒュノは独りで起きない。ヒュノが起きないと出発できない。だから起こしてほしい」 「いや、だから私じゃなくて、あん……ちょっと!」  俺はツクモの身体をそっと押してヒュノに近づけさせた。 「ぐへへ、気持ちクッション~」 「ちょちょちょ!! 何よこれっ。この子抱きついてくるんですけど?!」  ツクモが近づくなり、ヒュノはツクモもを後ろからがっちり抱きついていた。勿論ヒュノは寝ぼけている。 「ヒュノは寝相が悪いから脱け出すのに苦労するからな。頑張ってくれ」 「あんたねぇ、こうなるってわかっていて私に起こし役を頼んだで……あっ、ちょっと!! く、くすぐったぃ……」  ヒュノの恐ろしさに気づいたようだな、ツクモさんよ。寝ている彼女に不用意に近づこうものなら、まとわりつかれて身動きが取れなくなる。  そして抜け出すのに時間と精神がすり減ってしまうのである。 「いい匂いのクッション~」 「馬鹿っ、起きなさ……んっ、あっ……」  さぁ、苦しめツクモよ。突然の来訪に後悔するがいい。俺はデスファングの餌やりという大事なミッションが残されているのだ。  先日、餌をやる前に寝ぼけたヒュノに抱きつかれてしまい、腹を空かせたデスファングに頭をパクパクされるという事件が起きた。  もう2度とあんな屈辱的な朝を迎えたくはないのだよ、俺は!! 「すまない、ツクモ。お前に今日は犠牲……ゴホゴホ。いい目覚まし役になれると信頼してるぜ?」 「何が信頼よ?! あんた、その前に犠牲って言ったでしょ。本音が駄々漏れよ!……ぁっ。ちょっとどこ触っ……」  ツクモを生け贄にすることで、不定期市へ物を売る準備とデスファングに大好物であるブラックバットを奉納することに無事に成功した。  ヒュノのペースで強制添い寝させられると俺が首を?がれて永眠することに成りかねない。 「ふぁ~良く寝た。あれ?! つくもんと一緒に寝ちゃってた?」  どうやら眠り姫がご起床なられたようだ。  ヒュノの隣で恥ずかしそうに布団にくるまったままのツクモさん。何があったかは詮索致しませんが、心中お察しします。  ヒュノが起きて支度をすませたあとはすぐに不定期市へと向かった。  最近では不定期市に参加する人が多くなってきており、当日会場に訪れても出展できるスペースが残っていないという日もあるくらいだ。  気軽に物々交換がしたくて……といった出品者とは違って俺達にとっては死活問題そのものだ。俺が作った謎のアイテムを購入してくれる奇特な方を無理矢理にでも捜さないといけない。 「ねぇ……今朝の事、許してないからね?」  ツクモは俺に対し疑いの眼で此方をじっと見つめてくる。 「許しても何も、俺は別に許してほしい過ちなんて犯してないぞ?」 「酷い! 私の身体で遊んだくせにっ」 「ちょ、声デカいって」  ツクモの発言に不定期市を訪れていた人の足がピタリと止まる。視線は俺達のブースに集まってしまった。別に俺の商品が欲しくて此方をみているわけでは無いことくらい俺にだってわかる。  涙眼で怒るツクモの姿と俺の姿を何度も見つめられ、哀れみと軽蔑の眼差しが集中砲火しただけの事。  気を取り直して今日の稼ぎは確保しなければならない。先程の注目でツクモはより一層縮こまってしまい、販売を手伝ってくれるようではなさそうだ。  かと言って、俺は俺だ。誰がどうみても『嘘つきライザ』そのものだ。俺が販売をしたところで誰も足を止める人なんているのだろうか。  そこで!!   今日もこの人に暴走していただくとしよう。では、お願いします。  今日もヒュノに全てを託し、俺は姿がバレないよう顔を隠し仮眠をとることにした。
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