2.夜汽車のゆくえ

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2.夜汽車のゆくえ

ホームの向こうに貨車が見える。真っ黒な有蓋貨車、同じく黒い無蓋貨車、「戸口から戸口へ」と書かれた緑のコンテナ車などが連なっている。実際の編成だとこんな混ぜこぜはしないだろうけど、ゲームならではの鉄萌えなんだろう。車掌車のデッキの開放感がいい感じで、バーに肘を突いてパイプタバコでもふかしたくなる。 蒸気機関車が入って来る。C57とか型番を確かめられなかったのが残念だけど、なんか違和感がある。ステップに足を掛けて手すりで身体を引き上げて乗り込む、という動作はタッチとスワイプで、慣れるまで三回失敗した。バリアフリー対策がなってないぞと毒づく。 デッキからドアを開けて車内に入る。天井には丸い白熱電球の灯り、首を傾げたままの扇風機がついている。車内は壁も床も木材がふんだんに使われていて、ニスの色合いが年季を感じさせる。席を見回すとさっき待合室で一緒だった人たちしかいないようだ。始発ではなかったようなのに宇都宮で降りた人はどうしたのだろう。影のように脇を通り過ぎたのか。 「ここで問題です。この時期、宇都宮と上野間は電化されていましたか?」 「はい」夜空に架線がキラキラしていて、機関車の煙を切り分けていた。違和感の正体はこれか。 「正解です。では、なぜ蒸気機関車が乗り入れているんでしょうか?」 またサービス問題かな。今だって電化区間に気動車が乗り入れることはめずらしくない。その理由の多くは…… 「宇都宮以北がまだ電化されていなかったから」 「不正解です」 あれー? 空いたボックス席に座る。ホントは誰かと相席になって情報を集めた方がいいんだろうけど、間を空けたがるリアルの癖が出てしまった。 ガシャン、ガシャンと遠くの方から音がして、ついにがっくんと画面が揺れて動き出した。機関車は列車を順に引っ張らないと動かない、らしい。だから、連結器に遊びがあるらしい。途中に動力車がある電車や気動車はすっと動き出せるんだそうだ。 窓の開閉器は真鍮の箱のような形で、滑らかな二つの金具が出ている。それらを挟むようにして、ぐっと上げて開ける。しかし、蒸気機関車が引っ張る客車では窓を開けると煙が入って来るから基本NGで、暑くて仕方なく窓を開ける夏には大きな駅に着くとみんな真っ黒になった顔をホームの水道で洗う。そんな話を父親がしていたけど、彼は高知出身だからトンネルも多いし、急坂を喘ぎながら登る土讃線のことを言っていたのだろう。 行商人と勤め人が弁当をつまみに何やら話をしている。 「宇都宮駅って駅弁発祥の地なんだそうです」 「へえ、明治の頃?」 「ええ。何年かは忘れましたが、明治です」 「どんなのを売ってたんだろう」 「それがおにぎりとたくわんを竹の皮に包んだだけ。質素なものです」 「最初はそんなものか。ま、もう一つ」 食べ終わって小さなコップに角のポケット瓶からそそいで、行商人に勧める。 「ごちそうになります。こんな高いウィスキーはめったに飲めません」 行商人はいこいを取り出して象牙のパイプに付けて、勤め人から火を借りている。中長距離列車が禁煙になったのはいつだろうか。勤め人は窓の下の灰皿を開けて灰を落とす。JNRのロゴのレリーフがわたしは好きで、JRになった時、ずいぶん安っぽいものになったなと嘆じたものだ。 「ふだんはどんなのを飲んでるの?」 「焼酎です。たまに二級酒も飲みますが」 車内検札が来た。ドアの前で脱帽して頭を下げる。 「本日は列車が遅れましてご迷惑をお掛けしました。誠に申し訳ありません」 あ、そうか。電気機関車のやりくりがつかなくなったんだ。黒磯駅辺りで故障したんだろうか。 「正解です」 車窓は真っ暗だが、たまに民家や心細い街灯が流れる。昔の歌を思い出す。「上野発の夜行列車、降りた時から」という曲は言うまでもなくこの旅行とベクトルが逆。「汽車を待つ君の横で」も東京から去って行くヒロインの話だ。これらの曲はいかに言葉を飾ろうと主人公たちは夢破れて「都落ち」して行くストーリーになっている、と断言しちゃう。だって、悲しい歌っていいじゃない。 この二曲ほど人口に膾炙していない「花嫁」という曲があって、夜汽車に乗って花嫁が嫁いでいくというこれまた物語仕立ての歌だ。これは曲調も明るくて故郷も親も捨てるという一大決心で上京する内容だと思う。これを敷衍すれば当時は東北などから夜行列車で上京する人が多かったから、故郷からかわいいあの娘がひらひらのドレスで下宿に参上し、「来ちゃった」なんて共同幻想したのではないか。 ただ歌詞の中に「あの人の写真を胸に海辺の町へ」といった一節があって、わたしの名解釈の妨げになるのだけれど、「小さなカバンに詰めた花嫁衣装はふるさとの丘に咲いてた野菊の花束」などとまさしく脳内お花畑もとい夢見る少女の言うことだから車内で早めに発見し、問い質すのが賢明だろう。あれ? なんか別の曲につながってしまった。
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