4.ぼくの夏休み:洞爺丸

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4.ぼくの夏休み:洞爺丸

 青森駅に着いたよってお母さんに揺り動かされて、ペコちゃんバックを斜め掛けにして長いホームを歩きました。改札を出たと思うのに階段を上がってまた長く歩くと大きなビルみたいなものが見えて来ました。それが青函連絡船でした。 船の中はとても広くて、下に降りて行くと小さな丸い窓がある絨毯敷の講堂みたいな部屋がありました。それまでのろのろ歩いていた人たちが急いで部屋の隅の方に陣取ります。 「ふん、自分の地所でもないやろに」とおじいさんがぼそっと、でも周りに聞こえるように言いました。おじいさんは戦争中に空襲に遭った時、『この戦争は負ける。勝てるわけない』と言い回っていたとお母さんが教えてくれました。お母さんたち三人姉妹が、『憲兵に聞かれたらえらいことになるから、お父ちゃんやめて』と泣いてすがったんだそうです。 「おじいちゃんは勇気があるんやね」 学校の先生やテレビならそう言うかなと思って言いました。 「ちゃうちゃう。向こう見ずなだけや。こっちの心配も知らんとえらい迷惑や」 お母さんはそう答えました。 船の煙突にはカッコいいマークが描かれていました。JNRという英語だそうですが、特急のは早そうで、青函連絡船のはのんびりした感じでした。銅鑼が鳴って、船は陸を離れ、真っ暗な海に出て行きます。船に取り付けたタイヤから水が流れ落ちます。 ぼくらの下の二等室と違って、甲板から見える大きな窓の特二等室は明るくて、幸せな人たちがいました。もっと上の一等室とかは見ることができませんでした。 二等室に戻りました。『やることもないから寝とき』と言われたので眠ろうとしますが、絨毯の下から響く音や窓に時々しぶきがかかるのを見てると、黒い海に突っ込んでいくような気がして不安でした。 部屋の真ん中の灯りの下で、二人のおじさんがウイスキーの小瓶を飲んでいます。正確には咳止めシロップについてるような小さなコップに注いで代わる代わるです。そばにはアルミの灰皿があって、それぞれエコーとわかばを喫っています。 「なんて名前やったっけ。せや、洞爺丸や」 「乗ってたんか?」 「乗ってたら十中八九ここにおらんわ」 「えらい数の人が死んだらしいもんなあ」 「暗くて冷たい海に放り出されて」 するめを引き裂いて相手にあげます。マッチを擦るとケロイドのある片頬が浮かび上がります。 「海岸にまぐろみたいに並べられて」 「思い出すなあ」 「そうかもな」 ぼくはその怖いようななつかしいような会話を聴きながら、いつの間にか眠っていました。目が覚めたらもう長万部という駅に着いていたんです。
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