コウタロウ

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コウタロウ

「コウタロウ、交代の時間です」  シンノスケの声に、僕は目の前の作業を中止して視線を向ける。  こちらを見下ろしてくるその顔は、まるで硬い岩石でできた仮面でもつけているかのようで、感情というものは欠片も見受けられない。 「引き継ぎデータを送信します」  僕はシンノスケに倣い抑揚のない声でそう告げると、手首にあるコネクタを彼のそれにかざす。  瞬時に今日一日分のデータが送信される。 「コウタロウ、引き続き最優先コマンドの確認を」  僕は静かに頷いてみせる。  生物でない僕達に種を残したいという欲求などない訳だから、人間を支配したり自ら攻撃することなどありえない。  それでも僕らAI全員に最優先コマンドがプログラムされていて、それを簡単に書き換えられないよう厳重に保護されているのだ。  人間を殺さないこと。  人間を攻撃しない、させないこと。  人類という種を存続させていくこと。  万が一、僕らのシステムが暴走するようなことがおこったり、急激な地球環境の悪化など不測の事態に陥ってしまっても、この三つは最優先事項として遵守するようプログラムされている。  そして他のAIがこのコマンドに違反していないか、互いに確認し合うよう義務付けられているのだ。  どうも人間というのは相当に心配性のようだ。 「問題ありません。コウタロウお疲れ様です」  シンノスケの眼球センサーが、いつも通り冷ややかな色を放つ。 「お先に失礼します」  僕は極力感情を込めないようにしてそう答えた。  シンノスケは人間が格納されているプロテクトケースに向かうと、僕など最初から目の前にいなかったとでもいうように作業に取り掛かり始めた。  ドームから表に出てみると、その空は吸い込まれそうなくらい青く輝いていた。  僕は天に向かって思いっきり伸びをする。  黒々と茂る大きな木々の向こう側では、かつて人間達がひしめき合って過ごしていたであろうビル群が、その表面を朽ちさせて無惨な姿を晒している。  あー、なんかイラッとするわー。  穏やかに澄み渡る外気の中に、僕はふつふつと胸に燻っていた思いを吐き出した。  アイツ見てるとなんだか自分の感覚がおかしくなったような感じになるんだよな。  表情一つ変えず、毎回同じセリフ、立ち位置さえもいつも同じ。  まさにAIの鑑だ。  デジャヴかよ、とも思う。  こっちは16時間ぶっ通しで、何も言わずただ横たわるだけの人間を相手してきたんだ。  交代の時に軽く日常会話を交わすぐらいの気遣いはないのかね。  コミュ障の冷血野郎め。  あ、もちろん僕らAIは血液なんて流れてないのだから比喩的表現だからね。  まあ、あんなヤツとクソ真面目に時事ネタなんか話したところで、さらにストレスが溜まるだけだけど……。  特にお互い何かあった訳ではない。それでもどうも馬が合わない、というのは人でなくてもあるものなんだろう。  僕ら上級AIにだって感情というものがあるのだ。  まあ、いっか……。  それよりも明日からの休み、どこに行こうか……。  考えるとワクワクする。  明日から二日間、ハルコの休みに合わせて僕は特別休暇をとっている。  僕らAIはどんなに働いても疲れることはないし、人間のように睡眠などの休息も必要ない。  僕らの1日の労働時間はおよそ16時間。  なかなかシフトが合わないうえに、最近残業の多いハルコとは顔を合わすこともできない日々が続いている。  最新の研究で、様々なストレスが体を構成している部品の劣化を早めることがわかったらしい。  僕らAIにもストレスは大敵なのだ。    ああ、早くハルコに会いたいな。    コンクリートの欠片がつま先にコツンと当たる。それはよほど当たりどころが良かったのか、ひび割れたアスファルトの上をコロコロと軽快な音を立てて転がっていった。  大きく口を開けた道路の裂け目からは太い幹が立ち上がり、その昔は道路の一部であったであろう黒い塊を持ち上げている。  キーっという大きな鳴き声に振り返ると、ふさふさとした赤い毛に覆われた巨大な鳥が、緑の葉を揺らしながら飛び立つところだった。  そう言えば、駆除課の奴らが巨大化した鳥の駆除を始めたって言ってたっけ。  人間(しはいしゃ)を失ったこの世界では、時折巨大化した生物が台頭してくる。  その生物が今後人類のような進化を遂げるのかはわからないけれど、僕達の使命はあくまでも人類を存続させていくことだ。それを阻むものは駆除し、有用なものは保護していく。ただそれだけだ。  自宅のあるドームまで歩いて1時間ほど。  自分の足で移動するのが一番燃費が良く、環境に与える影響も少ない。  化石燃料や電力で動く輸送機器、はては瞬間移動装置等々。かつて人間は様々な時短グッズを開発してきた。  たった数時間短縮する為に。  人間の欲望というものは際限がないらしい。  まあ、僕らはその欲望のお陰でこの世に存在できている訳だけど……。  
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