コウタロウ

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「ただいまー」  僕は玄関のドアを開けると、リビングに声をかける。 「コウちゃんおかえりなさい!」  弾けるような笑顔で出迎えてくれたのは妻のハルコだ。 「ハルコリンもお疲れ様! なかなか顔も見れなくて寂しかったよー」 「ハルコも寂しかったー」  ハルコは甘えたような声を出しながら、その魅惑的に輝く鳶色の眼球センサーを向けてくる。 「明日からの休みはどうしよっか?」  僕はそう言ってハルコの小さな顔を覗き込む。 「コウちゃんはどこ行きたい?」 「二人っきりになれて、リフレッシュできるところといったら……、山登りとかはどう? タカオサンとか」  タカオサンはかつて登山道や乗り物が整備された初心者でも登れる山だったらしいが、今ではすっかり動植物で覆われ鬱蒼とした森林地帯となっている。 「わー、良いね。プロデュースの参考になる」 「こらこら、休みの日は仕事のことは忘れる、って約束だろ?」  僕はハルコのつるりとした額を人差し指の先でツンと軽くつついてみせる。 「そうだった」  そう言ってハルコは口唇開口部からピンク色の舌先を覗かせる。  ハルコはバーチャル空間プロデューサーだ。  人の思考が生活しているバーチャル世界の、主に自然環境プロデュースを担っている。  タカオサンなど動植物の豊富な環境は、プロデューサーとしての血が騒ぐのだろう。  でもプロテクトケースのメンテナンスを仕事としている僕とは違い、人間の思考により近い場所で働いている彼女は、ストレスも溜め込み易いんじゃないのかな。  だから僕はなるべく休みの日には彼女にリラックスしてもらえるよう気を配っているのだ。  人間とは我が儘で、現状に満足せず、不満を抱き易い生き物だ。  そんな彼らの欲望を満たし続けていくのは、さぞや大変なことだろう。
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