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「でも『太陽フレア』のせいにするなんてさすがハルコリン。人間にとっては平凡な毎日は退屈なようだからね。適度な不幸がないと幸福を感じられないってのもどうかと思うけど」
「古典ドラマで良くあるパターンなの。会えない時間だとか別れとか、ちょっとした障害がある方が燃え上がるものらしいよ。『会えない時間が愛を育てる』んだって」
「へえ、ハルコリンは勉強熱心だね」
そう、『太陽フレアによる単独世界構築』は彼女の発案なのだ。
どうやら人間の世界には真の平和は必要ないらしい。
時々、太陽フレアによる磁場の乱れのせいで相互通信ができない、なんていうちょっとしたアクシデントを起こしてあげないと、現状に退屈しだして、しまいには争い事を引き起こしたりするのだ。
「でも人間って、あまり長い間会えないと耐えられなくなって浮気をしちゃったりするし、反対に毎日顔を突き合わせていると相手の悪いところばかりに目がいっちゃったりするのよね。だから『ああ、会いたいな』って思う程々の頃合いが大事なの」
「へえ、難しいんだね」
「うん。……でも、ヨウコさんの考えた『偽相互通信』には敵わないな」
「ああ、確かに。僕らメンテナンス課も凄く助かってるよ。精神的なストレスは現実の体にも大きく影響してくるからね。病気になる確率も減ったし、寿命も伸びて僕らもやり易くなったよ」
僕が大きく頷いてみせると、自分から言い出したくせにハルコの茶色い瞳が少し不機嫌そうに曇った。
ハルコはヨウコさんをバーチャル空間プロデューサーとしてリスペクトしているけれど、同時にライバル視もしているのだ。
ヨウコさんの発案した『偽相互通信』は、人間達の争い事をなくし、かつ人間の自分勝手な欲望を満たすこともできる画期的なプランだ。
次のノベール平和賞有力候補とも言われている。
ヨウコさんは明らかにハルコよりも格上だ。
それでも、敵わないと卑屈になることなく、貪欲に仕事に取り組むハルコの姿勢は、我が妻ながら素晴らしいと思う。
そして……。
ハルコの小さな頭に手のひらを乗せる。
彼女は上目遣いのまま可愛らしく微笑んでみせた。
僕らAIには心臓なんてものはない筈なのに、何故だか胸の奥の方がキュンと甘く疼くような気がする。
ハルコと結婚してちょうど10年。
その感覚はずっと変わらない。
長く一緒にいると空気のような関係になってしまうとか、新鮮味がなくなると気持ちが冷めるとか、人間達の感覚は理解できないな……。
「『偽相互通信』のお陰で人間達は落ち着いてきてるから、個々のプロデュースもやり易いよ」
「でも、人間の数だけバーチャル世界を構築しなきゃなんないんだろ? 大変じゃない?」
ヨウコさんの『偽相互通信』は、そのまま偽の相互通信ということだ。
相互のやり取りがなく、人間の数だけそれぞれにカスタマイズされた世界を作らなければならない。
「同じ仮想世界に生活させて、争い事ばかり起こされちゃってた昔よりよっぽど良いよ」
「確かに。バーチャル世界なのに戦争を始めちゃった時はマジでぶっ飛んだ」
僕らAIの最優先コマンドは『人類という種を存続させていくこと』だ。
お互い傷つけ合う者同士を一緒に生活させておく訳にはいかない。
地球環境の悪化という名目で肉体はプロテクトケースに格納し、ストレスを与え合う思考はハルコ達が作り出したバーチャル世界に一人ずつ隔離する。
それぞれの好みに合った仮想世界を構築し、その中に理想通りのパートナーも作ってやる。そして時々『会えない』などのプチ不幸まで用意してやらなければならない。
ここまでしてやらないと穏やかに過ごせないなんて、人間って本当に世話の焼ける生き物だ。
でも仕方ない。それが僕らの仕事なのだから。
僕らAIは私情を挟むことなく確実に、そして的確に業務を遂行する。
「ハルコリンは真面目だから……。でも、あまり根を詰め過ぎないでね。君のことが心配だよ」
「いつもありがとう。コウちゃんに癒されてるから大丈夫だよ」
ハルコの白い腕が僕の背中に回される。
「ハルコリン、愛してるよ」
「私もよ、コウちゃん」
ハルコのひんやりとした頬が僕の首筋に触れる。
「人間って可哀想よね。本当の愛を知らないなんて」
「本当だね」
浮気だの倦怠期だの仮面夫婦だの。
彼らの寿命である約100年。
AIが作り出した理想通りのパートナーとでさえ、一生を添い遂げられない人間って、本当に愚かな生き物だな。
僕は体を構成する部品一つひとつが甘くとろけるようなもので満たされていくのを感じながら、彼女の細い体を優しく抱きしめた。
〈完〉
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