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下を向き、歩き続けていると、いつの間にか暗い路地に入っていた。
──そういえばここは前とそんなに変わってないんだな……。
俺は記憶を頼りに、その路地を抜けるべく足を動かしたその時、枯れた声が俺の耳に入ってきた。
「そこのお兄さん。元気がなさそうだねぇ」
「……?」
一応見回してみるも、やはり俺しかいない。そりゃそうだろうな。大変なことになっているところに行きたいだなんて言う奴はいないだろう。
「おや、その封印術は……ユグドラシル王国に伝わる術ではないか」
「……ユグドラシル王国?」
初めて聞く名前だった。この呪いをかけたのはハレティ。そしてその術を使うのが『ユグドラシル王国』という場所の住人なら、あの幽霊はそこの人だというわけだ。
しかし様々な本を読んだ俺でも知らない国が出てくるなんて思わなかった。それをこの老婆は知っている。俺は何となくこの人の話を聞いてみたくなった。
「そうじゃ。見える、見えるぞ。お前さんは……助けたい友人がいるが、力がなくて途方に暮れている。そうじゃろう?」
「!!」
大当たりだ。老婆は「当たりのようじゃのぅ」というようにこちらをニヤニヤしながら見てくる。
その手にある丸い水晶は、紫色に輝いていた。俺はその光から目を逸らすことができない。
「…………くっ……」
逃げようにも体が動かない。危険だとわかっているのに……でも、力が……欲しい!!
水晶がそんな俺の葛藤もお構いなしに一段と輝いた!
「!!」
思わず目をつぶってしまった。目を開けると…………そこにはムジナの姿があった。
「ムジナ……!?」
ムジナは何も言わずにただニコニコと笑っているだけだった。
「それがお前さんの幸せなのかね?」
意識の隅で老婆が語りかける。その問いに答えているつもりでも声が出てくれない。
──ムジナがここにいるわけない。
それは分かっているのに、この状態から抜け出したくなかったのだ。
「この幸せの中で過ごしたいのかね?」
それが老婆の最後の声だった。
気がつくと老婆の姿はなく、代わりに手には青みがかかった瓶が握られていた。ラベルには『幸せの小瓶』と書かれていた。
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