ヘラと幸せの小瓶

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 俺はイリスにある実家に戻り、自室に入ったあと、小瓶の蓋を開けてみた。  ──フワ……。  甘い香りがする。目が虚ろになり、前を向くと目の前にはあの時と同じようにムジナが立っていた。彼の兄であるヘッジさんも、俺の姉であるメノイ姉ちゃんもいた。三人とも手招きしている。 「………………俺も、そっちに行きたいよ」  俺は『そっち』に向かおうとしたその時、手から滑り落ちた小瓶は真っ逆さまに落ちていった。 「あっ」  手を伸ばしたが遅く、瓶の口を塞ぐように床に落ちた。それと同時に甘い香りもムジナたちも消えた。  ──やっぱり。  俺はこの小瓶を手にした時から薄々気づいていた。これは幻だと。  でもこれは俺自身が望んだ幻。インキュバスの俺に幻術をかけるなんて、なんて奴だと思ったが、油断していた俺も悪い。たとえどんな悪魔だとしても、幻術に逆らうことはほぼ不可能。逆らうことができるのは、何もかも棄てた者くらいだ。  求め続ける俺には到底不可能なことだった。
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