ヘラと幸せの小瓶

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「まず疲れを取るには食事をしなきゃね」 「……いらない」  様々な料理を前に、俺はなかなか手をつけられなかった。さらに俺は箸を置いた。 「ちゃんと食べないと、いつまで経ってもそのままよ?」 「だってあのにおいが鼻の奥の方に残ってて、気持ち悪いもん」 「あらあら。そればかりはどうにもできないわ」  姉ちゃんはクスクスと笑い、俺の頭を撫でた。  何かがおかしい。姉ちゃんは料理を作れたっけ?いつも俺が作っているから、姉ちゃんが作っているところを見たことがないだけなのか?  考えようとしても体に残るあの香りが邪魔をする。 「そういえばヘラ。ムジナくんが遊びに来てるわよ。あっちでヘラの本を読んでるわよ」 「ムジナが!?」  チェックメイト!やはりここは幻の中。だがそれを知ったときはもう遅かった。  ──シュウウウ……。  姉ちゃんの姿はどんどん色が薄くなっていき、煙となって霧散した。  これで解放される。そう思ったのもつかの間、それは俺の周りを旋回し、徐々に俺に纏わりついていった。  動けない。あの甘い香りがする。  あぁ、そうか。さっきまでいた姉ちゃんはあのにおいの塊だったのか。だからずっと……。…………意識が途切れそうだ。 「ヘラ……現実より幻の方がよっぽど幸せでしょう?いないはずの人がいたり、みんなで仲良く暮らしたりできるのよ?」 「……」 「あら、もう動けなくなったのね。あなたの精神はそんなものなの?そんなんだからハレティに勝てなかったんじゃないの?」 「精……神……ハレティ……」  あの霊王に攻撃したときの情景を思い出す。ひらりひらりと躱される攻撃。俺は不甲斐ない、ムジナを守るに値しない悪魔だ。 「そう。それかこの小瓶の幻の世界で生きていくの?」  ──でも。それでも……! 「……嫌」 「ふふ、それでいいの。さぁ、試練はそろそろフィナーレよ」  煙は手の形になり、俺の背中を押した。俺はたたらを踏んだがすぐに形勢を立て直した。何をするんだと思い、振り向くとそこには何もなかった。  一体何だったんだと呆れ、前に歩き出そうとすると、両手にずっしりとした重みを感じられた。  俺の手には愛剣ヨジャメーヌが握られていた。俺だけが開閉できる異界にあるはずなのに。 「……クソ」  俺はあの小瓶を壊すべく、自室へ向かった。
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