epilogue who?

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epilogue who?

「母さん、これうちの分」  僕の手渡したデパートの袋を受け取り「ありがとう」と答えた母は、僕だけでなく僕の隣に立つ僕の大切な人にも笑顔を見せる。 「もう支度できてるから座ってて。これ、お皿に出して持っていくから」  と言葉を続け、恐縮する僕たちに「その分、色々持ってきてくれてるじゃない」と笑う。持ち寄りと言われてもおもてなし料理なんて作れない僕たちは、質と量で誤魔化そうとデパ地下惣菜とデザートを駆使しているのだ。 「海、こっちこっち」  膝に子供を座らせた空が機嫌良く僕のことを呼ぶ。僕たちの席を指し、それを見た莉子が飲み物を用意してくれる。 「うみくんっ」  僕に突進して来たのは空の長子の陸だ。 「ちゃんとご飯食べてる?」 「うみくんとたべるんだも~ん」 「じゃあ、隣に来る?」 「くるっっっ‼︎」  空にそっくりな顔で満面の笑みを浮かべる。 「海の隣、また取られた」  僕のパートナーはそうぼやくけれど、僕の隣=パートナーの隣だから陸のことが大好きなパートナーは鼻の下が伸びている。  ちなみに、僕の逆の隣は空の定位置だ。結婚して、子供が生まれたのにブラコンは相変わらずらしい。空の膝で今のところ大人しくしている末子の大地はポテトを手にニコニコしている。 「久しぶり」  そう言って頬をつつけば「食べる?」と言いたげに僕にポテトを差し出すからそれを口で受け止める。身内の子供とはこんなにも可愛いものかと毎回感動してしまう。  家を出て少しの時間が経った頃、空から結婚すると聞かされた。相手は何と空を散々説教してこき下ろした莉子だった。  莉子よりもひと足先に就職した空が押して押して、やっと付き合うことを了承してもらった時には驚いたけれど、空には〈空〉だからと遠慮しない相手の方が合っていたようで、すっかり尻に敷かれている。  華奢で可愛らしいイメージしかなかった莉子だけど中身はなかなかに豪胆で、「空も空だけど海君も海君よね」と何の拍子にだったのか、しっかりと説教されたのは笑い話だ。そして、「でも弥生ちゃんみたいな子がそばに居て良かったね」と笑ってくれた。  弥生さんとの付き合いも当然のように続いているし、言ってしまえば家族ぐるみのお付き合いだったりする。莉子と弥生さんは友人でもあり、もうすぐママ友になる。無事に涼太さんと結婚した弥生さんは現在妊娠中なのだ。  変わったことといえば…僕と両親の親子関係も大きく形を変えた。  それは莉子が第二子を授かった時。  末子信仰の両親は第二子を授かった時点で大騒ぎで、陸のことは初孫だということで当然可愛がってはいたのだけど、第二子が生まれる前からあれを準備しようか、これを準備しようかとそれはもう大変だったらしい。会っていても気にするのはお腹の中の第二子で、今までとは違う接し方に陸が戸惑っているのを見て彼女が動いた。  まずは空と改めて話し合い、僕と空の境遇の違い、家での扱い、その他気になったことを改めて聞き出した莉子は次に僕を呼び出した。そして、僕の本音を知りたいと時間をかけて僕の話を聞き出す。  扱いの差は確かに傷つきはしたけれど、その感情は僕個人を嫌悪してではなくて両親の凝り固まった考えのせいだから仕方ない。小さい頃のことは覚えていないけれど別に虐待されたわけではないし、親としての責任は果たしてくれていたのだから成長したのだろうし、それに関しては感謝している。それに、空とはすれ違った時期が長かったけれど、僕のためを思ってやっていたことだと思ったら受け入れてしまったのだと話す僕を見て「海君も空も馬鹿だね」と泣いてくれた莉子は、「でも私はそんな風に割り切れない」と両親に直談判することを選ぶ。  別に、僕たちの両親と不仲になりたいわけじゃない。だけど自分の子供、両親にとっての孫を僕と空の時のように差別するようなら会わせることは難しいと伝え、そうならないために話し合いたいという莉子に空も同意し話し合いの場を持ったらしい。親子関係、夫婦関係、兄弟関係、今後全てに関わってくる事なのだ。  僕と海との間の負の連鎖は断ち切ったけれど、根本的な原因である両親の考え方が変わらなければこれから先、空と莉子の子どもにまで負の連鎖を背負わせることになりかねない。話し合いをせずに〈会わせない〉と言う選択は莉子には無いのだろう。  話し合いの時は陸を預ろうかと声をかけたけれど、それは断られた。  その日、まだまだ小さかった陸を連れて話し合いに臨んだ4人だったけれど、父と母は莉子の言うことを理解できなかったらしい。 「生まれたばかりの赤ちゃんは何もわかりません。庇護されて当たり前の存在です。手間も時間も勿論たくさん必要ですが、それ以上に手間と時間をかけないといけないのはこの子です」  そう言って陸を指せば「でも陸はお兄ちゃんでしょ?」と母が反論し、父もそれに頷く。 「陸はお兄ちゃんだから自分で何でもできるし、陸も赤ちゃんの世話をするべきだろ?」  当たり前のように言う父に空の顔が曇る。 「父さんも母さんもお腹の子が生まれた時に陸がいくつかちゃんとわかってる?もうあと数ヶ月だよ?  まだ着替えだって自分1人でできないし、食事だってまだまだ見てないと心配だ。トイレトレーニングだって途中だし、1人で寝ることもできない」  この時点で陸はまだ2歳になる前で、まだまだ手のかかる時期だった。 「でも陸はお兄ちゃんだから」 「お兄ちゃんなら何でもできるわけじゃないよ?」 「でも海は」 「海だってそうだったはずだよ。  よく考えてよ、今の陸見てお腹の子が生まれた途端に何でもできるようになると思う?」 「でも兄さんや姉さんは何でもやってくれた」  父の言葉に母も同調する。  実際問題、今の陸を見てお腹の子が産まれた途端に何でもできるようになるわけではない。海だってそうだったはずだ。空の記憶にある海は自分のことは何でもやってしまうせいで親から手をかけられることはなかったのだけれど、そこまで成長するにはそれ以前に親が手をかけていたはずなのだ。海がある程度できるようになったからこそ空にばかりに手をかけるようになったはずだけど、そこのところの記憶は無いようだ。  思い込みとは恐ろしい、と後に莉子は苦笑いをしていた。 「父さんも母さんも、昔からじいちゃんやばあちゃんに海のことをもっと見てやれって言われてたんだよね?でも海はお兄ちゃんだからって、オレもそんなもんだと思ってたけど…陸とお腹の子、オレと海と同じで年子になるんだよ。  今の陸見てお腹の子が生まれたからって、本当に何でもできるようになって、兄として振る舞うことができると思う?  そもそも父さんと母さんって、1番下のおじさんやおばさんと何歳離れてた?」  そこまで言っても父と母はピンとこなかったらしい。 「そんなの生まれたら自覚も出るでしょう?それよりもお腹の子のために用意するものはもう無いの?  足りてる?」 「陸の時に使ったものが有りますし、足りないものなんて何もないです。  だって、まだしまい込む必要がないくらい最近の事ですよ?  何なら陸と共用しても良いくらいです」  隣で聞いていた空は〈それは言い過ぎだ〉と思ったと後に笑っていたけれど、そこまで言っても両親は理解できていなかったらしい。  その時点で陸を蔑ろにしているわけではなかったけれど、陸だって母親の変化を敏感に感じ不安定になってもおかしくない時期で、そんな中だからこそたまに会う祖父母には寄り添って欲しかったのにその日は平行線のまま話を終えたそうだ。 「だって、海は何も言わなかったし」  そう言った母に「この子が産まれたらもう一度お話しさせてください」と言った莉子は帰宅後、陸が寝てから空にしつこいくらいに説明したらしい。 「空だけが頼りなんだからね。  この子はしばらくは飲んで寝ての繰り返しだけど、陸は起きて生活しているの。今まで自分だけに向けられてた気持ちをこの子と分けないといけないんだから陸が一番戸惑うと思うんだ。  私だってもちろん頑張るけど家のことしたり、授乳したり、陸を優先したいけどそれが無理な時も当然あるからその時は空に助けてほしい。  極論を言ってしまえばこの子は産まれてしばらくは食べて寝てるだけだから、ちゃんと食べさせればあとは放っておいて大丈夫だけど、陸はそうはいかないの。  陸は喋るし、笑うし、泣くし、食べるし、漏らすし。  私だって頑張りたいけど頑張れない時もあるのにそんな時に陸を蔑ろにされたら冷静ではいられないと思う。  だから空にはちゃんと協力して欲しいし、陸のこともお腹の子のことも同じように愛して欲しい」  その言葉を聞いてなぜか泣けて来たと電話をして来た空は「海、ごめんね」と涙声で謝って来たけれど、「海は何も悪くないし、父さんと母さんも悪かったわけじゃないと思うよ?」と答えると「でも、陸が海みたいに我慢し続けるとこ想像したら…」と泣き出してしまう。 「空、大丈夫。  空がちゃんとそう思ってたら陸は僕みたいにならないよ」  良かれと思って言った言葉でさらに空を泣かしてしまい、呆れた莉子が「海君ごめんね、あとはこっちで何とかするから」と平謝りしたのも今では笑い話。  密かに陸のことを心配していた僕は、この2人なら大丈夫と安心できたんだ。  そして、無事に生まれた甥っ子は〈大地〉と名付けられ、両親の末子信仰が加速するのだけど「大地は寝てるだけなんだから陸のこと、お願いします」と言われて陸と接しているうちに、やっと自分たちのしてきたことを自覚したらしい。 「海と空って…」 「陸と大地と同じだよ。  オレが生まれた時に海は今の陸と同じだったんだ…」  その言葉に思うところがあったらしく、しばらくして実家に呼び出された。  実家を出てからも盆や正月には顔を出していたけれど、何もない時に呼び出されることはなかったため不思議に思いながら帰省するとそこには空たちもいた。 「うみく~ん!」と突進してくる陸を抱き止めると「陸は海が好きだよね」と笑われる。自分の時を思い出し、せめて僕だけは陸を最優先しようと何かと陸を気にしていたせいで異常に懐かれているのは気のせいじゃないだろう。 「陸、海はじいちゃんばあちゃんとお話あるから遊ぶのは後でね」  と空が陸を抱き上げると父と母にキッチンへと促される。リビングからは陸が見ている子ども向け番組の音と、大地の泣き声が聞こえてくる。 「今日はどうしたの?」  母が入れてくれたお茶を飲みながらそう切り出したものの、父も母もなかなか口を開かない。どうしたものかと、陸がいれば間が持つのにと連れに行こうかと思った時に父が口を開く。 「海は…ずっと我慢してたんだな」  何を言われたのか理解できなかった。  父の口から出た言葉だとは思えなかった。 「陸はまだ自分でできることの方が少ないんだ。できないと泣いて怒るし、拗ねて放棄することもあるし、大地にヤキモチ妬いて赤ちゃん返りっていうのか?  生まれてからの方が甘えたがるんだ…」  父がポツリポツリと話す横で母は俯いたままだ。 「魔の2歳児って言うんだってな。  空がそれくらいの時に大変だったのは何となく覚えてるけど、海の時は…父さんも母さんも何してたんだろうな……。  反抗期も、思春期も、空のことは思い出せても海のことは思い出せないんだ。  上の子は下の子の世話をするのは当然だし、上の子は自分で何でもできるなんて、思い込みで海のことを蔑ろにして来てたんだな…」 「どうしたの、急に?」 「言われたんだ、大地は寝てるだけなんだから陸のことをもっと見てあげてくださいって。大地は寝てるだけだけど、陸は泣いて、笑って、怒って、頑張ってるんだって」  その言葉で莉子が求めた話し合いが成功したことに気付く。 「陸の事は全てが初めてなんだって。  大地の事は経験があるから余裕があるって。大地が色々主張するようになる頃には陸も落ち着くだろうから、弟が産まれて環境が変わって戸惑ってる陸のことを優先して欲しいって。言われても理解できなかったけど実際に今の陸を見て、一緒に過ごしてやっと気付いたんだ…。  今更許されるとは思ってないけど…海、本当にすまなかった」  父とこんなに長く話したのは初めてではないかと全く関係ないことを考えながら、笑えてしまうのに泣けてくる。 「本当に今更だよ」  そんな風に言いながらも泣き笑いのまま言葉を続ける。 「別に、恨んでもないし2人のこと嫌いじゃないよ。  僕のことを嫌いなわけでもないし、空だから特別じゃない。長子だから大丈夫、末子だから大切にしないとって思ってたんでしょ?  理解はできなかったけど仕方ないと思ってたし、虐待されてたわけじゃないし。  それに、空が僕のこと見ててくれたから。まぁ、僕のこと見過ぎてておかしなことになった時もあったけどね」  そう言った僕を見て、僕よりも先に泣いていた母が顔を上げる。 「嫌いなんかじゃない。  でも、お父さんもお母さんも兄さんや姉さんに守られて当たり前、世話をされて当たり前で育って来たから…海は守られる存在じゃなくて守る方だと勘違いしてた。  取り返しがつかないことをしたって、今更気づいても遅いのにね」 「もう良いよ。  だけど、陸には同じことしちゃダメだよ?」  僕に突進してくる陸を思い浮かべると自然に笑ってしまう。そういえばさっきから「陸、そっちはまだダメ」なんて空の声が聞こえている。そろそろ我慢の限界なのかもしれない。 「ねぇ、陸が暴れてるみたいだから一緒に向こうに行かない?  おやつ持って来たし」  僕が笑えば父も母も困ったように笑う。今日のこの会話で全ての蟠りが無くなるわけじゃないけれど、それでも僕たち親子はこれから良い関係になれるはずだ。 「陸、お待たせ」  リビングに入った僕に当然のように突進してくる陸と、それを見て笑う空と莉子。そして、「陸は海のこと大好きだな」と呆れながらもヤキモチを妬く父と母。  まだ寝ている大地もすぐにこの輪の中に加わることになるのだろう。  それから…。 「ねぇ、パートナーシップ制度は利用しないの?」  食卓を囲みながら莉子が突然言い出す。陸は食事を終え父と遊びに行ってしまい、大地はお腹が満たされてソファーの上でお昼寝中だ。 「どうしたの、急に?」 「だって、せっかく制度があるんだから利用するのも良いと思うんだけど。  ねぇ、お母さん?」  急に話を振られた母だけど、ふふッと笑って口を開く。 「海たちがそうしたいならすれば良いし、その気が無いならそのままでいいし。母さんは2人が幸せならそれで良いと思う」  僕の隣でパートナーが「考えてないこともないです」としれっと答えるけれど、僕はそんなこと聞いてない。 「そうなの?」  と僕と空の声が重なるとそれを見て莉子と母が笑う。 「海君、愛されてるね」  その言葉に僕も空も笑うのだった。  愛されたかった僕は今、愛に囲まれている。  愛されることを夢見た日々は、僕を選んでくれる人と巡り会うための長い長い道のりだったのだろう。  だって僕は今、選ばれ愛されているのだから。 fin ※本編完結ですが、次回〈番外編〉で海のパートナーとの出会いを投稿します。  読んでいただけると嬉しいです。
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