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海 truth side
最愛が見つからないまま、唯一が見つからないまま僕の時間は過ぎていく。
声をかけられれば誘いに乗り、その時がくれば身体を重ねる。
そして、最愛かと思った相手は空に魅せられ、空と身体を重ね、僕の前から消えて行く。
何度も繰り返すその行為に飽きた頃には自分を満たしてくれる相手なんていないのだと気付き、空を満たしてくれる相手もいないのだと気付き、身体を重ねた相手の数を思い出せない事に気づいた時には唯一だった洵先輩との行為すら思い出すことも出来なくなっていた。
結局はそんなものなのだ。
愛されたいと願っても、愛されていたと想っても、時が経てば風化してしまう。
求められるままに身体を開いていた僕は、求めることを覚え、欲を覚えた時に解消する術を見つけた。欲を満たすだけなら心は、想いは必要無い。
僕が特定の相手を作るのをやめた時に空は困惑していたようだけど、こんなことを続けても空の最愛を見つけることができないのだから空がわざわざ身体を開いて相手を籠絡する必要なんてないんだ。僕の酔狂に付き合う必要はない。
空が洵先輩に魅せられ、洵先輩に本気の想いを持った事に気付いたのはいつだったか。
空を抱きながら僕の名前を呼ぶ先輩に気付いた時に思った事は〈気持ち悪い〉だった。
僕と空は兄弟だけど、僕と空は同じじゃない。それなのに空を抱いて僕の名前を呼ぶなんて、僕に対しても空に対しても不誠実だ。
先輩が何をしたかったのか。
1年の間、空を僕に見立てて抱いたとしてその先に何が得られたのか。
僕の最愛は、僕の唯一は確かに洵先輩だったけれど、洵先輩であって洵先輩じゃない。
僕を抱いた洵先輩と空を抱いた洵先輩はもう別の者だ。
そのまま先輩が空を選んでいたら2人の仲はきっと続いていただろう。
先輩が空の名前を呼び、空のことを抱けば2人の未来は重なったままだったはずだ。
そうすれば僕は空を気にすることなく生きることができたはずなのに、それなのに大学生になった今も空に執着され続けている。
弥生さんに聞いた洵先輩の言い分に吐きそうになったのは仕方がないことだろう。
僕のために空に近付き、その手を取って空を支配して、僕のために空を捨てる。そして、傷付いた空を尻目に自分は再び僕の手を取る。
そんな事で僕が本当に喜ぶと思っていたのなら…僕には理解できない。
洵先輩は僕の最愛だったけど、僕の唯一だったけど、空は僕の弟だ。
洵先輩とは他人だけど、空は僕の血縁だ。
空に奪われ続ける僕の人生は、空のせいであって空のせいじゃない。
それを許した親のせいであって空が悪いわけじゃない。
空が僕のことを大切に思っているのは知っていた。だけど、それは僕には受け入れられないし、僕が受け入れていい想いじゃない。
両親だって僕よりも空を大切にしたけれど、僕に虐待まがいのことをしたわけでもない。空に対する関心の度合いと僕に対する関心の度合いが違っただけで、僕を無視したわけでもない。
誰かが悪いわけでもないし、僕が悪いわけでもない。
仕方がないと受け入れ、仕方がないと生きて行くしかなかったけれど、それは年を重ねて環境が変われば抜け出すことができるはずだった。
僕の大切な者を奪われても奪った相手が空のことを大切にしてくれるのならそれで良かったんだ。
空目当てで僕に近づいてきて、無視しても諦めず、その結果仲良くなって空に奪われたとしてもその相手が空とちゃんと向き合い、空を大切にすればそれで満足できたし、仕方ないと思うしかなかった。
だって僕は長子だから。
僕は空に与え続け、空が満足すれば解放されるはずだった。それなのにその均衡を壊した洵先輩のせいで空の執着は増してしまった。
与えて、与えて、与え続けたせいで空の欲望は底を無くしてしまった。僕が与えてあげることができるのはあともう少しの間だけ。
就職先にまで空が追ってくるとは流石に思っていないけれど、とりあえず就職しておいて頃合いを見て転職するつもりだ。
流石に社会人となれば僕を追うために犠牲にするには惜しいものができるはずだし、そうならないと駄目だから。
僕の人間関係を気にせず、自分の周りにちゃんと目を向ければ空の世界は景色を変えるはずだから。
僕と空は兄弟だけど、僕と空は同じじゃない。
僕の好きな人は僕の好きな人で、空の好きな人は空の好きな人。
僕を想ってくれる人は僕を想ってくれる人で、空を想ってくれる人はちゃんと空だけを想い、空だけを見てくれる人だから。
「海、最近節操ないんじゃない?」
夕飯でも一緒にと誘われた店で開口一番説教をしてきたのは弥生さんの彼だった。
「何か話したの?」
弥生さんに聞けば「一度説教されなさい」と言われてしまう。
卒業後も続く弥生さんとの関係は、気付けば弥生さんの彼氏も交えての関係となっていった。それと言うのも何人目かに付き合った相手が弥生さんの彼、涼太さんの友人だったせいで、弥生さんが僕の恋愛対象にならないのなら問題無いと受け入れられてしまったのだ。涼太さんの友人もいつものように空に靡いてしまったのを知って僕に同情的だったせいもあるけれど、同性の友人が自分の彼を弥生さんに紹介するのが気に入らず、僕が彼氏を紹介したところで弥生さんを恋愛対象にする事はないから僕は安全だと…理解できるような理解できないような理屈である。
結局、彼ができても空に奪われ続ける僕に同情的だった涼太さんは気が付けば僕を弟扱いするようになっていた。
「俺だって男だから気持ちはわかるけど…特定の相手を決めた方が良くない?」
「え?海君は女の子だよ?」
脱力するような会話をしながらも涼太さんは説教を続けようとするから「ごめんなさい」と取り敢えず謝っておく。
「もう止めるから」
そう言うと驚いた顔をするけれど、僕は話を続ける。
「空ももう僕の相手が僕の好きな人じゃないって理解してくれたみたいだし、ちょっともう飽きたし」
「海、その年で性欲無くしちゃ駄目だろ」
やめろと言ったり、やめるなと言ったり、うるさい兄だ。
「だって…好きでもない相手のために準備するのも面倒だし」
「海君、それは私の前でする話じゃない」
弥生さんは呆れ顔だ。
「就職先で見たことのある顔があったら気不味いし。もう手遅れかもしれないけど」
「やっぱり遠く希望?」
「高校生の頃はそう思ってたけど取り敢えずは近くでもいいかな」
「空君は?」
「どうだろう。
もしかしたら同じ会社に来たがるがしれないけど…一生僕の後ついてくるわけにはいかないし、ある程度お金貯めたら転職するのも悪くないと思ってる。
いっそ、海外とかでも良いかもね」
想像するだけなら自由だ。
「空君、着いていきそうじゃない?」
「空だっていい加減、自分のことだけをみてくれる人見付けないと。
あんなこと許されるのは学生の間だけだよ」
本当は子供の間だけと言いたかったけれど、18歳を過ぎれば成人だ。学生のうちは子供みたいなものだけど、大人になりきれない僕たちは成人しても〈学生〉と言う名の特権階級なのである。
「まぁ、就職してしまえば兄に執着して追い回す余裕もなくなるだろうしな」
僕の言いたいことがそれなりに理解してもらえたのだろう、一足先に就職した涼太さんには色々と思うところもあるようだ。
「どうせなら遊びに行って楽しいところに転職してよね」
「まだまだ先の話だけどね」
「それで、そっちで好きになれる人見つけたらいつでも遊びに行けるね。私、京都とか好きだな」
「どうせなら沖縄とか、北海道とか」
「そんな遠くだと何かあった時に駆けつけられないでしょ?」
「そっか」
僕のことを何だと思ってるのかと言いたくなるけれど、こんなふうに大切にされるのはくすぐったくて悪い気はしない。
「取り敢えず、今まで付き合った人と関係のない場所探さないとね」
「そんな場所ないだろ?」
「そんな場所ないでしょ?」
僕の言葉に2人の返事が重なる。
「そこまでじゃないし…」
文句を言えば2人して「知ってるけどね」と返された。完全に遊ばれてる。
「でもさ、できれば何かあった時に助けに行けるような場所にして欲しいのは本音だよ」
「だな。
頼れる相手が見つかるまでは弥生にも俺にも甘えたらいいし」
「本当、世話の焼ける弟だよね」
そんなふうに言ってくれる2人には感謝しかない。
僕もこんな風に空と接することができていれば僕たちの関係はもっと良いものだったのかもしれない。
お兄ちゃんだから仕方ないと下を向くのではなく、お兄ちゃんだから仕方ないと笑うことができていたら、空が僕にこれほどまでに執着しなかったのかもしれない。
「空は可愛いね」と両親と一緒に空を慈しめば僕の気持ちは空に対して優しいものであったかもしれない。
だけど、それは結果論でしかない。
物心がついてからずっと我慢してきた気持ちは僕が壊れないように、僕の心を守るように厚い厚い殻で覆い尽くされているのだから。
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