プロローグ「バタフライ」

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「お疲れさまでした。デザイン、いかがでしょうか?」 「とてもきれいです!お値段も仕上がりも、期待以上で大満足です!」 「ふふ。そう言っていただけると、とても嬉しいです。」 また来ます!と、嬉しそうに帰っていくお客様を見送って、作業をしにサロンへ戻る。 数年前に一念発起して立ち上げたネイルサロンは、エリア内での口コミはとても高いそうで、さっきのお客様みたいな新規の方もいれば、何度も来てくださる常連の方も多い。 まさに、軌道に乗っている段階だ。 ......ネイリスト、としては、ね。 「『ここのお店のネイリストさんは、どの方に施術してもらっても、とても綺麗に仕上げてくださいます。シンプルなものからキャラクター系のものまで、何でも希望を言えば、再現してくれて____』」 他にも『一緒にデザインをどういうものにしたいか考えてくれる』『丁寧な接客で安心しました』など、いろいろな口コミが書かれている。 『口コミを書いてくださった方には次回以降の施術で使える割引クーポンを差し上げます』と謳っているからだろうか、それなりに予約サイトの口コミは繁盛しており、ありがたいことにレビューも高い。 そのほとんどが、私やスタッフの技術を褒めてくれているのだけれど、肝心な接客に関しては、『親切で』とか『丁寧で』という内容で。 私の接客内容に対する詳細な口コミはない。 「まぁ、そりゃあ、ネイルサロンなわけで、ネイルに対してお金を払ってるわけだし、口コミの内容ってそればかりに決まってるよね……ていうか、基本的に自分の話を進んでしないし……聴いてる方が多いし、というかお客様の話聞くのも好きだからなぁ。」 口コミで私のトークスキルがどれくらいのものなのかだなんて、考えるだけで馬鹿馬鹿しかった。 でも、今度、接客に関するアンケートでもやってみようかな……なんて考えていると、次のお客様の施術の時間が迫っていたので、準備を進める。 「いらっしゃいませ。」 「15時から予約してる、石田(いしだ)です。」 「お待ちしておりました。……こちらでお待ちください。」 お客様に、施術台に座っていただき、どのようなデザインにするかヒアリングをして。下準備に入ろうとすると、お客様に突然、「○○高校でした?」と聞かれ、驚く。 「……えぇっと、はい。そうですけど……」 「ねぇ、私のこと覚えてない?」 「……え。」 「ほら、3年の時、同じクラスだった!」 「……!めぐ!?嘘……気づかなかった……」 綺麗で気品のある人だと思っていたけれど。そういや、面影はある……。 めぐは、15年以上会っていなかった、高校時代の同級生だ。 人見知りでクラスにいまいち馴染めなかった私に声をかけてくれて、そこから一緒に遊びに行ったりするほどの仲になった。 15年以上会わなかったのは、彼女が同窓会に出席しなかったこと、私がその間に携帯電話を紛失してしまい、引き継ぎに失敗して連絡先をまるまる変えたこと……など、いろんな事情が重なってしまったからだ。 「ふふ。風の噂で、ひらりがネイリストになったって聞いてたんだよね。最近ちょっとネイルできなかったんだけど、また再開しようと思ってさ。ちょうどいいタイミングで時間空いてたから、予約して来てみたんだ〜!」 「そうなんだ。一体どこからそんな噂が……」 「この辺じゃ、一番人気だって聞いたことあったし。あとは他の高校の同級生からも聞いたことあるよ。ほら、ひらり、昔から目立つ存在だからさ。ていうか、急に音信不通になって、びっくりしたんだよ〜?」 「そ、それはごめん……」 めぐは昔から明るくて、おしゃべりさんだ。 そんな彼女の性格が当時も今も好きだし、一緒にいて心地いい。 音信不通になった理由や、ネイルサロンの話とか。15年の時間を埋めるように、いろいろな話をした。 「そっか。あの時の彼氏さんと、結婚したんだね。」 「そうそう。いろいろあったけど、20代半ばくらいで結婚してさ。子供にも恵まれて、本当に毎日が幸せなの!」 「ふふ、それはよかった。」 めぐは高校時代、隣の男子校の生徒とお付き合いをしていた。めぐ曰く、「お互い一目惚れ」らしい。 だけどその彼の実家は、有名な華道の家元らしくて。それはもうご両親から交際を反対されたそう。 それで疲弊していた頃のめぐを知っているわけだけど、当時のめぐは、本当に見ていられなかった。 「あの時、ひらりが私の相談に乗ってくれて、親身にアドバイスしてくれなかったら、きっと今の幸せはなかったと思うな。」 「……え?」 「ほら当時、ひらりに恋愛相談したらうまくいくってことで有名だったじゃん!男子からは『高嶺の花』扱いだったけど、女子からは敵認定されてたのにさ。いつのまにか、ひらりに恋愛相談すればうまくいく、なんて噂が飛び交ってたじゃん!」 「し、知らなかった……そうなんだ。」 あの時、やたらといろんな人から恋愛相談されるなとは思ってたけど……そんな裏話があったとは。 「ひらりは聞き上手だし、その人の立場になって考えるのが得意だよね。そうだ、ネイルサロンを経営しながら、恋愛カウンセラーになるとかいいんじゃない!?」 「えー?恋愛カウンセラーって、資格の勉強しなきゃダメでしょ?難しそうだよ。」 「そうねぇ、それはそうだけど。資格じゃなくても、みんなの恋愛相談室、みたいな場所、作ってみるのどう?」 「……!」 なるほど……みんなの恋愛相談室、か。 私のことより私を知っている、そんなめぐが言うのだから、やってみる価値、あるかもしれない。 ……そうだ、それを『バタフライ』でやってみるの、いいかもしれない! トークスキルがないにしろ、リスナーの悩みを聞いて、一緒に解決していくなんて、楽しそう! ……いや、でも、一つ懸念がある。 それは…… 「ていうか、そんな数々の恋愛相談を受けて、みんなを幸せにしてきたひらりこそ、いい話ないの〜?恋バナに飢えてるんだけど〜!聞かせてよ〜〜!」 「……ははは」 いい話なんて、何年ないと思ってるんだ! 高校時代の私を知っているめぐにとっては想像しにくいかもしれないが、今の私は、はっきり言って恋愛とは無縁の人生を送っている。 そりゃあ、恋愛相談を多く受けていた高校時代や、まだ雇われのネイリストをやっていた20代は、恋愛を嗜んでいた。彼氏が途切れたことないほどで、自分で言うのもあれだが、その……モテてたし、恋多き女だったように思う。 でも歳をとるにつれて、すでにパートナーがいる人だって増えてきたように思う。 それから、結婚を意識した恋愛にシフトチェンジする人だって多いように思う。 そんな人たちにとって、私は……結婚相手として考えられない、らしい。 数年前に言われた。たまたま知り合った人で、次恋愛するならこの人がいい、と思った人がいる。でもその人に、こっぴどくフラれたのだ。 『高梨さんは……ちょっと。"高嶺の花"って感じで、僕にはもったいないよ。結婚するなら、もっと相応しい人がいると思うんだ。』 ……"高嶺の花"。 昔はこの言葉がどれだけ嬉しく思ったか。 でも今は、敬遠するように聞こえて仕方ない。 高嶺の花だから、結婚相手に相応しくない。 高嶺の花は、結婚相手として、選びたくない。 なんで?どうして?私のこと、なにも知らないで。 私のことを知る前に、みんな、高嶺の花ってだけで離れていく。 それがとてつもなくショックで、恋愛とは疎遠になってしまった。 もう、あれから数年が経った。 高校時代の自分なら、今の年齢になった頃には、すでに結婚して、子供を産んでると思っていた。 それが、恋愛することに臆病になっていて、いつのまにか30代も折り返しだなんて。 そんな自分が、恋愛相談室なんて、できるのかな? 「お〜い、ひらり〜?」 「……!あ、ごめん。」 「考え事ー?それとも忙しくて疲れてるのかな。ここのネイルサロン、大繁盛だもんね。」 「はは……」 だけど、恋愛に臆病になった自分を、変えてみたい気持ちもある。 めぐの言うとおり、恋愛相談室なるものを作ってみて、なにかが変わるのであれば……。 それに、今のめぐがあるのは私のおかげだと、はっきり言ってくれためぐの自慢できる人になりたい。 よし、やってみて、うまくいかなかったら、その時は考えよう。 まずは、やってみよう! 「……めぐ。」 「ん〜?」 「ここに来てくれて、ありがとうね。」 「ふふ、また絶対来るから!」 「うん、待ってる。」
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