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"友達"……なんて、ただの呪いだ。
そう思ったのは、大学卒業後の進路を決めるような時期だった。
地元の友達はみんな遠く離れたところに住むことになったり、高校の同級生とも少しずつ疎遠になっていたこともあってか、関わりを持つ友人ときたら、大学で知り合った同期くらいになっていた。
元から、人付き合いが苦手な自覚はあった。
小学生の頃は、自分の感情を制御できなくて、友達と喧嘩して気まずくなったことがあるし、中学生の頃だって、相手が全部悪いわけじゃないのに責め立てたりして、卒業するまで一言も話さなかったこともあったりした。
なんであの時うまくできなかったんだろう、とか。あの時もっと上手に付き合えていたら、今頃気の知れた仲になれたはずなのにって、友人が他の人と仲良くしているのを見るたびに、ずっとそう思っていた。
友人関係で上手くいかないと感じていた私だけれど、大学に入学して少し経った頃、趣味が同じでよく連絡を交わす友達ができた。
「ねぇ今度、舞台行きたいんだけど、この日空いてたりしない?」
大学の同期だった守屋美音は、ミュージカルや舞台で活躍する俳優が好きだった。
私は同じ俳優が好きだったわけじゃないけど、彼の出演する舞台のファンだったし、スケジュールとお金さえ都合が良ければ付き合いで鑑賞していた。
「その日空いてるよ。私も観に行きたい。」
「ホント!?なら決まり!チケット取るね!」
「うん……ふふ。」
だけど、その約束していた舞台を観た帰りから、美音との間に、次第に溝ができるようになった。
「真冬。」
「……!かずくん。偶然だね。」
「うん。そうだね、ふふ。」
"かずくん"は、当時私が付き合っていた人だ。
元々高校の同級生で、今は他大学に通っている。
交際が始まったきっかけは、ほんの些細なことだった。私は人付き合いが苦手だったし、かずくんは女性不信なところがあったから、普通ならここで交わるはずないんだけど……。
この人なら信じられる、私の全部を見せられる、それは友情よりももっと深い、恋慕うような気持ちで。初めてそう思えるような人だったから、勇気を出してみた。
そしたら、気持ちが通じ合っていたんだから、奇跡だなぁって、運命だなぁって思った。
「もしかして、真冬の彼氏!?」
「あ……うん、そう。」
「初めまして、清原和希です。」
「守屋美音です!」
なんの共通点もない美音とかずくんは、この時が初対面だった。それは紛れもない事実だったけど、次第に私の知らない事実が作られていった。
「あれ、美音、いつのまにかずくんのことをフォローしたのかな……しかも、かずくんもフォローバックしてる……」
少し、意外だった。
一度会った人にでもフレンドリーな美音はまだしも、かずくんが彼女の友人とはいえど、フォローするとは思ってなかった。
もしかしたら、美音からメッセージを送ったりして、その延長線でフォローを返したのかもしれない。
……そう、強く、自分に言い聞かせて、嫌な予感には知らないフリをして。
「……え?」
「え、真冬知らなかったの?和希くん、とっくにファミレスのバイト、辞めてるよ。」
「……」
知らない、そんなの。
かずくんは元々、うちの大学の近くのファミレスでアルバイトをしていた。
今もそれは変わらないで、まだそこでアルバイトをしているものだと思ってたけど。
私が知らないことを、なんで、美音が知ってるの?
「てっきり、和希くんが、言ってるものだと思ってた……」
そう驚いたように言う美音に、煽られたような気分だった。
それ以外にも、少しずつ疑問に思うことが増えていった。
それでも、ずっと、気づかないフリ。
だって、かずくんのこと、大好きだから。無条件に信じてあげたいって思うくらい、大切だから。
まだ、かずくんのことを信じてあげられてたら、私のこの気持ちは本物なんだって、自分に証明できてる気がしたから。
でも、見てしまったものは、もう引き返せなかった。
「……あ、」
「!」
「……え、」
クリスマスイブ。待ち合わせの20時。
とっておきのディナーを用意するから、予定を開けていてほしい。
そう、何日も前から約束して、楽しみにしていたのに。
『ごめん、急にバイトに行かなきゃならなくなって。』
『……え?』
『ごめん、本当にごめん。必ず、またお祝いするから。』
ごめん、と最後まで謝りながら一方的に電話を切られる。
もう、あとは玄関の鍵を閉めるだけだったのに。
今日のために、メイクの練習だってした。本当は大の苦手だけど。
新しく靴も買ったの。少しでもかずくんに近づきたくて、ヒールにしたんだ。
エステにも行ったんだよ。少ないお小遣いで。少しでも綺麗な私を見てほしかったから。
なのに、ドタキャンされた。
悲しいし、辛かった。
怒りに似たような感情も湧いた。
でも、せっかく綺麗にしたんだから、誰でもいいから見てほしくなって。そのまま鍵を閉めて、街へ足を進める。
今日は寒波が来てるから、夜は特に冷えるって、今朝のお天気ニュースで誰かが言っていた。腕を組んでイルミネーションを嗜むカップルはみんな、寄り添って暖をとっているみたいだった。
……私だって、同じように、恋人と過ごすはずだったのに。
どうしようもない事実に落ち込みながらも、自分を励ますつもりで、欲しかったコスメを買った。
この時、新作スイーツが出てるから食べてみよ、なんて思わなかったら。
軽い気持ちで、気になっていたポップアップストアに立ち寄ってみようなんて思わなかったら。
雪だけじゃなくて、雨も降ってきて、少し雨宿りしようなんて思わずに、コンビニで傘を買っていたら。
何も知らないで、済んだのに。
「……かずくん……と、美音……?」
「……あ、」
「……っ!真冬、」
あーあ、バレちゃった。とでも言いたげな雰囲気の美音と、反対に、見つかってしまった、と焦っているかずくん。
二人は仲良く腕を組んで相合傘をして寄り添ったまま、私の声に気づいて、こちらに振り向いた。
「……えっと、その、」
「……」
「あの、その、ま、真冬、」
「……っ」
「あ、おい!」
雨が降っていることも気にせずに、その場から走って離れる。
けど、運動が苦手で、なおかつ新しいヒールで履き慣れていない私が、追いかけてきたかずくんに敵うわけもなく。
「おい、待てよ、真冬!」
「……っ!」
「ご、ごめん。」
肩に乗せられた手をはらうと、こちらの様子を伺うように謝られる。
「アルバイトなんじゃなかったの、」
「……それは、その、」
「嘘だったんでしょ。」
「……ごめん。」
かずくんが何も言い返せず、ただ謝ることしかできない中、後ろから傘をさした美音が追いかけてきて、かずくんに傘をさした。
「もう、風邪ひくよ?」
「……」
「……美音、」
「真冬、ごめん。たまたまかずくんと会ったの。真冬が誤解することなんてない。」
……嘘つき。
なんで、こんなふうになっても、平気で嘘つけるの?
「腕組んでたのも、たまたま、私が転けそうになって、」
「もういいよ、二人とも。」
「……え?」
「!」
これ以上、私を惨めにさせないでよ。
二人のこと、ちゃんと信じてた。
今度こそ、うまくいくと思って、期待してたの。
友達も、恋人も、うまくいってると思っていたの。
だって、二人のこと信じてたし、ずっと私の味方でいてくれると思ってたから。
なのに、二人して嘘ついてさ。
勝手に期待して、裏切られたような気分になって、バカみたい。
「私、今日、誕生日なんだよ。」
「……!」
「……え、」
「こんな思い出、毎年誕生日に思い出さなきゃいけないなんて、嫌だよ……」
そう言うと、二人は返す言葉も見つからないのか、息を呑んだ様子だった。
そんな二人を置いて、その場から離れる。
これ以上は、もっともっと、酷い言葉しか、出てこなさそうだったから。
ここがどこかも分からなくなるくらい、歩いた。
逃げたかった。知らない街へ行った方が、現実を見なくて済むような気がしたから。
雨が降っていた。顔に冷たい感触が伝わる。
それが雨なのか、涙なのか、分からなくなるくらい雨が強くなって、涙も溢れた。
しばらく歩き続けて、ふと足を止めてみると、ひどい格好をした醜い女が、大きなショップウィンドウに写っていた。
「B級映画に出てくるゾンビみたい……」
そんなことを言って、気を紛らわして。
気づいたら、もう20時をとうにすぎていて。
……昨日の夜は、今ごろディナーを楽しんでいると、思っていたんだけどなぁ。
気づかなきゃ、よかったのに、何もかも。
結局、私は、人とはうまく付き合っていけないんだ。
もう、誰かに期待なんて、やめよう。
人付き合いなんて、私には向いていない。
そう落ち込みながらウィンドウに写った自分を見ていると、窓の遠くにほんのり灯りがついていて、よく見るとここが美容院だってことに気づいた。
……美容院、そうだ。
かずくんは、私の長い髪が好きだった。
だから、褒められたくて、頑張ってケアしていた。
それまでも、ずっと髪を伸ばしていた。
昔付き合いのあった人たちはみんな、私の長い髪が好きだったし、髪が長い方が、私らしいと思っていたから。
もう閉店時刻をとうに過ぎていることなんて、冷静じゃない頭で気づくわけもなくて。
気づいたら、"CLOSED"の文字をフル無視して、扉を開けていた。
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