哀しき空へ

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哀しき空へ

 産婆と葬儀屋と、兵隊に失業の心配はない。  何とも皮肉な話である。  人は人と憎み合い、殺し合う。  死の商人である、ハーティ・ホイルは白髪頭を右手で撫でつけた。  バルセロナ近郊の隔離街ファリーゼで、壮健な老人から手紙を託された時のことを思い出していた。  銃撃戦がいつ起きてもおかしくない街で暮らし、民家軍事会社(PMC)であるガルーサ社の仕事を請け負ってきた男が、ある夫婦へ宛てた手紙である。  息子と娘のようなもの、と言っていた届けた先は中東の地獄の激戦区、アルバラ共和国反政府空軍アル・サドン基地である。  戦いに身を置く人間は、大抵心の底まで(むしば)まれるものだ。  シャバに戻れば爆音が恋しくなって戻っていく。  そして命を散らす日まで戦い抜くのである。  だがその夫婦は違った。  娘の幸せを切に願い、世界の平和を信じているのだ。  強く、哀しい思いを知ってしまったハーティは、彼等を放っては置けなくなった。  進むも地獄、退くも地獄の砂漠において、迷いは死に直結する。  だが類稀(たぐいまれ)な才覚に恵まれた彼等は、自問自答しながら戦い続け、勝ち続けるのだった。 「こんな時、ワインがあれば最高なんだがな」  満月が砂漠を銀の絨毯(じゅうたん)に変える。  ため息をつき、天を仰いで砂を掴んだ。  世界中を飛び回り、原子力空母でも引っ張って見せた闇の商人は、そろそろ幕引きにしてもいいなどと思い始めていた。  アルバラの戦争は、クーデターがきっかけだったが、破壊の限りを尽くし王宮を消滅させ目的を見失っていた。  外人部隊など、ただ大暴れするだけの殺し屋である。  すでに正義はなく、生き残ろうとする本能を頼りに戦う軍人たち。  自分自身も武器商人としての本分を全うしようとするのみだった。 「そろそろ、潮時かも知れんな ───」  大型輸送機のエンジンがかかり、砂煙を上げ始めた。 「おうい、ハーティ爺さん。  出発できるぞ」  長い影を砂に落とした老人は、たくさんの武器を積み込み今日も大空へと飛び立つのだった。
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