Ⅳ 思い出と宝石

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「もう! なんなんですか、あの人!」  行きは二人で肩を並べていた道を、帰りは大股で歩く真琴が先行していた。 「気持ちはわからないでもないけどね。真琴ちゃんはともかく、ほかの人間のことを胡散臭く思ったんじゃないかな」 「だからって、あんな言い方することないじゃないですか!」  足を止めた真琴は振り返ると、後ろをついてきた円にそう言った。おさえこんでいた感情があふれるのを止めることができなかった。 「ありがとう」円はいつもの気だるげな笑みを浮かべて言った。「代わりに怒ってくれてるんだね」 「そういうわけじゃないですけど……でも、失礼ですよ! 愛がないです! 信頼もないです!」  ぷりぷりとする真琴に対して、円はその微笑みをほんの少し大きくした。それからすれ違いざまに肩を軽く叩いてきた。 「やっぱり、西田さんがいたから過去視ができなかったんですか?」真琴は追いかけた円の隣を歩きながら訊ねた。 「まあね。指を鳴らす瞬間さえ見られていなければ問題ないんだけど」 「過去視をしてるときに途中で入ってこられたりしたらまずくないですか?」 「そこも大丈夫だよ。真琴ちゃん命名のその過去視、それをしているあいだはなんていうのかな……切り離されるんだ」 「切り離される? 私たちがその場からいなくなっちゃうってことですか?」  円は頷くと、「その場所、というか時間ごとね。仮に切り離した時間のなかでいくら過ごしたとしても、経過してるのはほんの一瞬だけみたいなんだ」 「みたい……って、実験でもしたんですか?」 「うん。明日原ギンさんに協力してもらったんだ」 「おばちゃんに?」  円は頷くと、「あの家に住まわせてもらうことが決まったときに……いや、それより少し前からあの人とは縁があったんだ」  円の説明を聞き、同時に彼女が浮かべた悲しげな笑みを見て、真琴の胸は静かな嫉妬心で締めつけられた。それからその性格の奇特さや過去視という能力の途轍もなさばかりに目が向き、円の生い立ちや素性について何一つ知らないことに気づいた。 「私、なんにもわかろうとしていなかったな。円さんのこと」 「これから知ってくれればいいよ。真琴ちゃんだってそのつもりなんだろ?」 「それは! そうですけど……」気恥ずかしさを感じて真琴は口をとがらせた。「でも、勘違いしないでくださいね。純粋に円さんに対する興味があるから知りたいだけですから。もちろん私なりの目的もありますけど、下心だけで近づいたわけじゃありませんよ」 「うん。それもわかってるよ」 「本当ですか?」 「あれもこれもって欲張りなくらいが、なんだか真琴ちゃんらしいからね」 「なんですか、それ!」  ふたたび声を高めたが、真琴の口元は自然と綻んでいた。 「いずれにしても、まずは西田さんの依頼を解決しないとね」 「はい。せめてあのリビングだけでも、さっき西田さんがアルバムを探しているあいだに過去視ができてればよかったんですけど。そうすれば何かわかったんじゃないですか?」 「かもね。ただ信条としては、仕事にとりかかるのは契約を交わしてからにしたいんだ。のべつまくなしに過去視をするんじゃ覗きとかわらないからね」 「それは、立派な考えだと思いますけど……これからどうするんですか?」 「大丈夫。能力が使えるに越したことはないけど、ほかに手段がないわけじゃないからね。とりあえず今夜、時間あるかな?」 「母を説得できれば出かけられますけど」 「ならお母様の許しが出たら、家に来てもらえるかな?」 「それなら平気だと思います。けど、何するんですか?」  円は考えをまとめるように夕暮れが迫る空を見つめたあと、真琴に視線を戻していたずらっぽく笑った。 「作戦会議」
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