Ⅳ 思い出と宝石

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「さて、西田さんの家でどうやって過去視を使おうか」  喫煙所から喫茶店内戻ってきた円は、ソファに腰かけるなりそう切り出した。真琴もちょうどそのとき、東雲の報告書を読み終えたところだった。 「あの……ここに書いてあることってみんな本当のことなんですか?」 「失礼だな」クリームソーダを吸いこむストローを銜えながら東雲は答えた。「さっき六黒氏にも言ったように、全部事実だってば」 「でも、西田さんの奥さんの……これって?」 「そう。だからその真実を見るため、今度こそ西田さんの家で、ね」円はそう言って左手で指を鳴らしてみせた。  その音を耳に、真琴ははじかれるように向かいの席に座る東雲を見た。彼もそれまで皿に落としていた視線をあげる。 「大丈夫だよ」と、円。「東雲さんも過去視のことは知ってるから」 「そういう名前だったんだ、あの能力」 「真琴ちゃんがつけてくれた」 「あ、そう。安心してよ、今泉氏。君子危うきに近寄らず。必要以上にかかわりたくはないけど、いまのところ六黒氏に協力してたほうが得だからね」  そう言って東雲が両手で持ったサンドイッチにかじりつくと、こんがりと焼けたトーストの反対側からマスタードがあふれだした。決定的なところまで踏みこもうとしない東雲が君子ならば、深入りしている自分は愚者になるのだろうか。真琴の頭の中に、ふとそんな考えがよぎる。 「でも円さん。どうやって過去視をやるんですか? 西田さんも私たちから目を離そうとはしないと思いますけど」 「それでも完全に隙が生まれないわけじゃない。先に目星をつけておけば手あたり次第に過去視をしなくて済みそうだし。そうだな……五分間ばかり彼の注意を逸らせればんとかなるだろうね」 「五分か……でも、きっとこのあいだみたいにつきまとわれちゃいますよ」 「なんの作戦もなければね」そう言って円はふたたび報告書を手に取った。「どこで過去視を使えばいいか、手がかりがないかもう少し読み返してみるよ。真琴ちゃんは西田さんの注意を逸らすアイデアを考えてみてくれないかな?」  自分にそんな考えが浮かぶとは思えなかったが、真琴は何も言わず文面に視線を落とす円の長い睫毛をとっくりと見つめたあと、すっかり熱を失ったカップを両手で包むようにして言われたとおり思案に入った。  最初に浮かんだ手段は直談判をするというものだったが、真琴はすぐにこれを打ち消した。まかり間違えば西田の機嫌をますます損ね、最悪の場合、契約破棄にまでなるかもしれない。そもそも彼が外出するなり別の場所で待機するなりを了承してくれるとは信じられない。  やはりなんらかの方法で隙を作るしかない、真琴はそう思った。  次に睡眠薬という単語を思いついてしまい、慌ててそれを打ち消した。睡眠薬だろうが下剤だろうが、相手に一服盛るなど犯罪行為のなにものでもない。絞め落としたり後頭部をぶん殴ったりして昏倒させる、などというのも言わずもがなだ。  物騒なことばかり考えてしまう自分に、真琴はついため息を漏らしてしまった。  切り札をここぞというときに使えないことがもどかしい。おまけに過去視で効果をあげるためにはどの場所で行うかだけではなく、どの時間帯を探るのかも重要になってくる。つまり三次元ではなく、四次元的な思考で物事を捉えなくてはならないのだ。真琴にはこの選択肢の多さこそ、過去視の扱いづらさの原因になっているように思えた。 「たとえばですけど」考えがまとまらないまま眉間にしわを寄せた真琴は、報告書を読みふけっている円にそう呼びかけた。「西田さんに見られてない場所で過去視をはじめて、家の中を歩きまわるっていうのは駄目ですか?」 「それは危険だ」と、円。「過去視をしているあいだはできるだけその場にとどまったままがいいのは、真琴ちゃんもわかるだろ? 仮に動かなきゃいけないような場面にでくわしてもそれは最後の手段。あらゆる可能性を考慮したあとではじめて判断することだよ。それに過去視で一度に見ることができるのは一か所の時間帯だけなんだ」
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