Ⅳ 思い出と宝石

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「一か所って、どういうことですか?」 「つまり現在をA地点として、そこから過去のある一点……B地点を訪れたとき、そこからさらに別の一点……C地点には直接行けないってことじゃない?」円の代わりにそう答えたのは東雲だった。「ビデオテープの早送りや巻き戻しみたいにシーンを自由に行き来できない。あるシーンから別のシーンを見るためには、一度現在っていうテープの終わりまで進めなきゃならない、そんな感じじゃないの?」 「君子危うきに近寄らず、じゃなかったの?」円がたしなめる。「けどまあ、東雲さんの言うとおりだね」 「それじゃあ、一度過去視を解いてからじゃないと、別の過去を見ることはできないってこと……もう一度過去視をするまでには、どれぐらいの時間を空けなきゃいけないんですか?」二人の説明を反芻しながら、真琴は円にそう訊ねた。 「正確に計ったことはないけど、連続で使うことはできないかな。走ったあとみたいに息を整える間は必要だよ。そうしないと、過去視を繰り返すたびに乗り物酔いみたいな状態がどんどんひどくなっていくんだ」  そのひどさは、最初に巻きこまれた過去視で気絶した真琴にも想像がついた。  同時に彼女が思い浮かべていたのは円が煙草を吸う姿だった。時間が戻っていくというのは、過去という水中から現在という水面に顔を出して息継ぎをすることを端的にあらわしている言いまわしなのかもしれない。 「それじゃあ、無理はさせられませんよね……」 「どんな作戦のつもりだったの?」 「いえ、これだと円さんに無理強いしちゃうことになるんで」 「聞かせるだけ聞かせてもらってもいいかな?」 「その……何回かに分けるんです。五分を。過去視をしてるあいだは現在から切り離されるんですよね。さすがの西田さんにもそれぐらいの隙はあると思うんです。でも、円さんの負担が大きいならほかの手を考えたほうがいいかも」 「五分を一回じゃなくて、一分を五回に分ける、みたいな感じか。うん、それでいこう。どのみち準備に割ける時間も多くはないんだ。だとすれば結局のところ、問題はどうやってその隙を作るかだね」  こういうのはどうかな、と、円はめくった報告書を真琴に見せた。東雲がどうやって調べたのか、そこには西田家の見取り図が記されている。円は想定される西田の動きと、自分たちがそれに対してどう動くのかを、紙の上に指を走らせながら説明した。 「そんなことするんですか?」 「これで一階部分はカバーできると思うんだ」 「恥ずかしいですよ……」 「気持ちはわかるけど、これぐらいしか方法はないな。それに、手伝ってくれるって言いだしたのは誰だっけ?」  真琴は言葉に詰まった。それを引き合いに出されると、強くは反対できなかった。 「わかりましたよ、もう! やります! やればいいんでしょ!」 「真琴ちゃんならそう言ってくれると思ったよ」円は睨みつける真琴の視線を涼しい顔でかわした。 「そんなこと言って……立派な脅しですからね」 「一階はそれで充分だね。あとは二階か」 「こっちはもっと西田さんが離れてくれなさそうですよね」 「二階のほうが手がかりを見つけられそうなんだけどね。経験則で言えば、寝室っていうのは秘密を抱えこみやすい場所なんだ。で、西田さん夫妻の寝室は二階にある」  真琴は円から、対面に座る東雲へと目を向けた。探偵としての直感がはたらいたのだろうか。彼はミルフィーユをすくったフォークを銜えたまま怪訝そうな表情を浮かべた。 「東雲さん、ちょっといいですか?」なるべく甘い響きを意識して真琴は言った。 「悪いけど頼み事ならおことわりだ。それがいくら若くて可愛い子のお願いでもね」 「可愛い? 私、可愛いですか?」 「うん、そう思うよ。いい意味で垢抜けてないというか。その年になっても帰り道に田んぼに寄り道してザリガニ捕まえて喜んでそうな感じというか」 「純朴な可愛さってことでしょ」助けを求めるように隣を見ると、円がそう言ってくすりと笑った。「結構わかるかも、それ」  真琴は二人にからかわれて面白くない気持ちをぐっとこらえると、あらためて媚びるように東雲を上目遣いで見た。  その魅力よりも気色悪さに圧倒されただけなのかもしれないが、たじろぐ探偵を目に、彼女の復讐心は少しだけ満たされた。 「とにかく可愛いってことですよね? じゃあ休学中ですけど、そんな可愛い女子高生のお願い、きいてもらってもいいですか?」
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