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当初の予想と変わらず、西田は円たちの家探しに同伴した。
真琴はもちろんのこと、過去視を使えないこの状況では円もこれといった手がかりをつかめずにいた。納戸、箪笥、さらには天袋と、その都度西田からの許可を得て調べた場所でも何も見つけることができなかった。
「だから言ったじゃないか。何度も探したって」
苛立ちを隠そうとしない西田の声に思わず身を縮めてしまう。先ほどの過去視で目にした光景が頭から離れず、真琴は彼のことを意地の悪い中年男性から底知れない存在として、その認識をあらためていた。
いや、ああした表情はあらゆる人間がひた隠しにしているもので、そのうごめく闇はふとした瞬間に姿を見せるのかもしれない。
誰が善人で、誰が悪人なのか。円が口にした言葉が脳裏によみがえる。
「そろそろいいかな。もう充分だろ?」
「すみません」
円の代わりに真琴が答えた。というのも一階での過去視を終えたあたりから彼女の口数は目に見えて減っており、家探しにも身が入っていないようだったからだ。西田が業を煮やしていたのも、そんな円の態度を目にしたからかもしれない。
「すぐにお片付けしますね」
「いや、いいよ」ぎこちない笑みを浮かべる真琴に西田は言った。「あとはこっちでやるから」
真琴は首を横に振ると、手近なものを取り出した箱へとしまっていった。いまはこうしてわざと効率を落として、チャンスが訪れるまでの時間を稼ぐことしかできない。とはいえ、このままだらだらと時間を引き延ばしていると、西田から強制的に家探しを切り上げさせられるかもしれない。
玄関のチャイムが鳴ったのはそのときだった。それは掛け値なしに真琴が待ち望んでいた音だった。
かといって、すぐには誰も行動を起こそうとしなかった。西田はその人となりからすぐに応対に出るようには見えなかったし、この家の住人ではない円と真琴はそもそも訪問者を出迎える立場にはない。そのため三人とも天井に向けていた視線をおろしたあとは、お互いに目配せをするだけにとどまった。
「出なくていいんですか?」余計なこととわかっていながら、真琴がそう口を開く。
「どうせセールスか何かだろ」
「でも、大事なお客様かもしれませんよ?」
ほとんど睨むような目つきで西田が真琴を見つめ返してくる。そのとき、二度目のチャイムが鳴った。
「じゃあ、こうしませんか?」チャイムの残響が消えるよりも先に、真琴はそう言って両手を打ち合わせた。「西田さんはご自分が見ていないところで家探しされるのがいやなんですよね? もしそうなら、私たちそこの廊下に出て待ってますから」
「なら、いいけど……」そう言って西田は立ち上がると、部屋を出る前に振り返ってこう続けた。「ちゃんと廊下で待っててよ」
そう言い残して西田が廊下へと出ていく。そのふてぶてしさに相手への不満が恐怖を上回り、真琴は彼の背中に向かって顔をしかめて上下の歯を剥いてみせた。それから階段を降りて玄関を開ける音に続いて、彼女のよく知る声が幾分明るい調子で耳に届いてきた。
「お忙しいところ恐れ入ります。私、ジュエリーキタミの訪問販売員をしておりますタカハシと申します」その声の主は、紛れもなく東雲だった。「本日はこのご近所にお住まいのお宅へご挨拶とともに、お買い得な貴金属や宝石のお話をお持ちしてまわらせていただいております」
「ああ、セールスさんね。リフォームとか外車とかよくこのへんに来るけど、うちはそういうの断っててさ」
「お断りいただいても構いません! が、是非お客様のお耳に入れておきたいのです。お値打ちの品ばかりなんですよ。たとえばダイヤにプラチナ、それから……ブルームーンストーン」
「ブルームーンストーン?」囁くような東雲に対して、西田のその問いははっきりとしたものだった。
「ご存じですか?」
「ちょっとね……」
「でしたらきっとお気に召すかと思いますよ。早速資料を……ああ、申し訳ありません。表に停めた車に置いてきてしまいました。よろしければそちらでご覧になりませんか?」
「何? 持ってきてくれないの?」
「資料をですか? ええ、もちろんお持ちいたします。ただ、これはあまり大きな声では言えないのですが、ただいま実物を持ってきておりまして」
「ブルームーンストーンの?」
「左様でございます。今回たまたま他店から移送しているところでございまして」
「そういうのって警備会社に頼んでるもんじゃないの?」
「実にお詳しい! ですが、これも販促活動の一環としてですね。車内には頑丈な金庫も積んでありますので。ともあれ百聞は一見に如かず、ということで。よろしければぜひどうぞ」
「ちょっとだけなら……でも、すぐには買わないよ」
「ええ、私共をご記憶くださるだけで充分でございます」
それから西田がサンダルか何かの履き物をつっかける音とドアの開閉音がしたあと、階下からは何も聞こえなくなった。
こうしたやりとりが終わったあとも真琴は作業の手を止めたまましばらく身じろぎしなかったが、すぐに思いなおして立ち上がった。東雲がああした嘘をでっちあげるために本物の宝石や金庫を用意しているとは思えない。彼はあくまでその場しのぎの嘘を重ねただけで、いつ西田がそのことに気づいて戻ってくるかはわからない。
差し迫るなかで残された時間は少なく、すぐにでも行動を起こすべきだということに彼女は気づいたのだ。
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