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番外短編 ピジョン・クエスト5
私が地下の電源室を経由して隣のビルのエントランスに戻ると、福田と古井が目に驚きの色を浮かべ「無事だったんですね」と口をそろえた。
「ええ。うまく説得できたと思うわ」
「説得?……お化けをですか?」
「そうよ。……古井さん、ちょっとヒトシ君と話がしたいんだけど、いいかしら」
「えっ……はい、わかりました」
私は往来に戻ると、まだ仲間たちとあれこれ議論しているヒトシの元に歩み寄った。
「あっ、刑事さん、無事だったんですね。お化けはどうなりました?」
「説得して、去ってもらったわ。ステージは明け渡してくれるそうよ」
私が事の顛末を説明すると、ヒトシたちは「そんな馬鹿な」というように目を瞬いた。
「それでね、こういうことがまた起こらないように、ちょっとだけ駄目押しをして置く必要があるの。ヒトシ君、ちょっと話せる?」
「……僕とですか?」
「ええ、そうよ」
私はヒトシを少し離れた街路樹の陰に誘導すると「ヒトシ君、あの『立てこもり霊』の正体に、思い当たることはない?」と尋ねた。
「…………」
「私の推理を言ってもいいかしら。あれは、あなたの生霊ね?」
「なぜそれを……」
「あなたと顔が似ていたもの。体格は違うけどね。地下で邪霊と戦っている時に気づいたの」
「なぜ、立てこもっていたかも言っていい?」
「……はい」
※
「生き霊だと?いったいどういうことなんだ」
「福田さん、あなたはあの『立てこもり霊』の顔に見覚えがあるはずです。わかりませんか?あの霊はある人物の子供の頃の姿でもあるんです」
「……まさか」
「彼は生霊だけど、伝えたいことは「本体」と同じなんです。……いや、「本体」が自分の口では言えないことを霊という形で伝えようとしたんだと思います」
「……わかるように言ってくれないか」
「ヒトシ君の父親はあなたですね?福田さん」
「なぜそれを……」
私が「真実」を確かめると、福田は目を大きく見開いて信じられないという表情になった。
「でも多分、長い事会っていない。だからヒトシ君は自分のお父さんがどんな人かよく知らない……違いますか」
私が畳みかけると、福田は「あいつが三つか四つの頃、俺のせいで荒っぽい連中が家までやってきたことがあった。俺はあいつの母親とも話し合って、俺の稼業のせいで息子に辛い思いをさせるくらいなら死んだことにしようと決めたんだ」と言った。
「そうだったんですか。でも彼はあなたの存在に薄々気づいていると思いますよ」
「まさか」
「だって、ちょうど父親くらいの年齢の男性が頻繁にステージを観に来るんですよ。何か訳があると思うのは普通じゃないですか」
「やはり気になってね。……でもあいつのバンドは今、スターへの階段を上り始めようとしている。下手に俺が名乗り出て将来の人気に影を落としたら、悔やんでも悔やみきれない」
「それは不要な気遣いという物ですよ、福田さん。彼だって「お父さん」に大人になった自分を観てもらうのが嬉しかったはずです。福田さん、私は今がヒトシ君と向き合うチャンスだと思います。名乗ってあげてくれませんか」
「…………」
「ヒトシ君はきっと、遠慮されるくらいなら自分から父親のことをみんなに話す――そんな風に考えていると思いますよ」
「あいつがはたして、そこまで……」
「もう充分、大人だと思います。息子さんの成長を信じてあげて下さい、お父さん」
福田はしばし黙った後、ヒトシたちの方を見て「あんたの言う通りかもな」と笑った。
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