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3年3組の始まり
4月8日
春休みが終わり、3年生の一学期が始まった。
バス通学の恵美子は、バス停から学校に続くなだらかな坂道を歩いていた。
今日は、雲一つ無い晴天で、春の柔らかな日差しも心地良い。
道の両側には、満開の桜並木が続いていて優しい気持ちになる。
1年の時も2年の時も同じように歩いたこの道なのに、今年の春は心が踊っている。
もうすぐ、修と同じ 3年3組の教室に到着する。
早くもドキドキワクワクしている自分がいた。
新学期の始まりにこんなにも心が踊るなんて人生初めてだ。
3-3
教室の表示プレートを今一度確認して引戸を開く。
座席はとりあえず、出席順で決められていて机の上に名前の紙が貼られている。
既に半数位の生徒が着席していた。
恵美子の座席ははやや後ろの方だった。17クラスの総入れ替えだから、知っている顔は皆無だ。
お目当ての修はまだ登校していなかった。
始業迄にはあと20分位ある。
唯一知っている顔、その大好きな修が登校し、着席したのは始業10分位前だった。
久々に間近で見て、再び恵美子の胸がドキリとした。
暫く遠ざかっていた恋心が目覚めた瞬間だった。
恵美子の座席は、修の後ろ姿を密かに眺める位置だ。
勿論、眺めているだけで、話す事は愚か、目を合わせる事すら出来ない。
新学期の始まりは、知っている顔もほとんどないから、内気な恵美子には話す友達さえいなかった。
始業を知らせるベルがなり、間も無く
担任の山崎 努がやって来た。
1時間目は全校生徒が体育館に集合しての毎年恒例の始業式だ。
いつもの事ながら、退屈極まりない時間を何とかやり過ごす。
2時間目は、新しいクラスでのオリエンテーションだ。
最初の難関は毎年のお決まりの自己紹介だった。
出席順に立ち上がって、一人一人簡潔に自己ピーアールしていく。
まずは、フルネームに続いて、ほとんどは、所属している部活、趣味を語るワンパターンの簡潔なものだ。
大好きな、水口 修の番になり、彼が立ち上がったので、恵美子は耳を凝らしてその声を聞いた。
「水口 修です。サッカー部です。
趣味はギターを弾く事です。
宜しくお願いします。」
彼は淡々と話した。
いよいよ、恵美子の番が近付いてきて、緊張でドキドキし始める。
たかが、1分程度の事でさえ恵美子にとってはストレスでしかなかった。
それでも、立ち上がって言葉を紡がなければならない。
恵美子は、緊張を皆に悟られないよう、冷静を装うが、恥ずかしさで、動機は激しくなり、顔が赤らむのが自覚出来た。
それでも、頭の中で幾度となく繰り返した言葉を口にした。
「野田 恵美子です。部活には入っていません。
趣味は、月並みですが、読書、音楽鑑賞です。」
たったこれだけを言うだけなのに、鼓動は更に早くなり、顔もかなり熱かった。
皆の前で発言するのは本当に苦手で勇気がいる。
45人全員の自己紹介が終わったところで、担任の山崎先生が口を開いた。
「さて、自己紹介が終わったところで
次は、クラス委員を決めよう。
知っての通り、クラス4役は、会長、 副会長、書記、会計の4人だ。
立候補でも推薦でもいい。まずは会長からだが、誰かやりたい人いるか?」
山崎先生がクラス全員を見渡すが、 立候補者はいない。
沈黙が続く。
「知っている顔が無いから、いきなり決めるのは難しいと思うが、
推薦でもいいから誰かいないかな。」
「 はい。推薦したいんですが、いいですか?」
と、沈黙を破った男子がいた。
「会長は、松田 真太郎君がいいと思います。」
「はい。松田君が推薦されました。では、松田君、起立して下さい。」
山崎先生に促されて、松田 真太郎が立ち上がる。
他に立候補者も推薦者もいないので、先生は松田に確認する。
「では、松田君が会長を引き受けてくれますか?」
「解りました。他の皆も僕で良ければ 引き受けます。」
松田はハキハキと答え、異議なく決定した。
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