あの声は。

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   「あなたはあなたよ。  どんな自分もあなたの中の一部なの」 温かいはずの言葉がうまく胸に馴染まない。       褒められるたびに、別の誰かが褒められているような気がしていた。  僕は、昔のまま、何も変われていないのではないか。 「あなたは良い子ね」  家族は言ってくれた。 「優しくて、真面目な人だね」 友達は言ってくれた。  でも、本当の僕はそんな人間じゃないんだよ。 笑う裏で、嘲笑っている。 どうにか変わりたくて、 過去の自分を消したくて、 必死に藻搔いて足掻いた結果なんだ。 『本当の僕は、どこ?』 時々、怖くなるんだ。 別の誰かになったみたいで。 空っぽな自分を飾りつけて、 見える部分だけ綺麗に色づけしただけなような気がして。  『もういいよ』 そう言えたなら、どんなに楽か。 いつまで経ってもゴールが見えなくて。 ひたすら変化へと走り続ける中で気付いた。  周りに評価されても、虚しいままだってこと。 『じゃあ、どうしたらいいんだよ?』 気付きは、同時に悲しみを生んだ。 どんなに頑張ったって、認められたって、 僕自身が肯定できないでいる内は、 報われやしないことを知ったから。  そう思い知るたびにやりきれない気持ちでいっぱいになる。 涙が矢継ぎに溢れ、止まなかった。 全ての自分を抱きしめるなんて、無理だ。 そんなことできないから、 僕は僕を嫌うんだよ。 「過去がなかったことになんてできない」 分かってる。 「向き合わないと、いつか後悔するよ」 知ってるよ。 けどね。 『偽ることに必死で、  素の自分が分からなくなっちゃったんだ』 後戻りなんて、今更できないくらいに…。 心の隅にうずくまった自分に、 なんて声をかければいい? 分からなくて、分からなくなって。 やがて、心がクタクタになった。 考えるのに、疲れてしまった。 もう、何も考えたくない。 目を閉じて、すべてをシャットアウトして、閉じこもってしまった方が楽だ。 そうして、考えることを放棄した。  そんなある日。 胸の奥か、心の外からなのか。 どこかから声がする。  《過去は過去、今は今だよ》 そうなのか? 《人は変わっていける》 そうなのかな。 《まだ、何十年も未来があるよ》 先の未来…。 《止まった時を動かそう》 …前へ、行かなきゃいけない。 《自分の為に、幸せになる為に、頑張ろう》 怖いけど、不安だけど。 生きていく中で、僕は僕自身を見つけられるだろうか? 《焦っても、時は一定にしか進まない。  人生という旅の中で、  ゆっくりと見つけていったらいいさ》 何でもないことをいうような口調だった。 だけれども、すっと澄みきった青空みたいに  心を満たす。  ふ、と考えすぎて重くなってた心も幾分か 晴れた気がした。  あれから何十年。 正解も答えもない旅に怯えなくて良い、と。 教えてくれた正体不明のその声は。 確かに、俺の中に今もなお残っていた。 あれは、一体誰だったのか? 答えは空白のまま知れない。 俺は、まだまだ終わりなき旅の途中にいる。 けれど、今は、“大丈夫”って思える。 不思議だよな。
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