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「待て、リーゼ。どうして君が金なんて持っている……?」
「え……?」
ヴィクトルに不思議そうな顔で訊ねられ、確認するように自分の手元へ視線を落とす。
リーゼの手には白い生地に桃色の薔薇の花を刺繍した小さなポーチが握られ、そこから今まさに紙幣を取り出そうとしているところだった。異世界の支払い装置にウォードルの通貨である紙幣が使えるのかどうかは、今は問題ではなく。
「え、えっとぉ……」
貨幣や紙幣は物品を購入したりサービスを受けたりするときに支払う通貨だ。しかし王太子妃であるリーゼは王城での生活を保証されている身のため、基本的に手ずから金銭を支払う機会はほぼ存在しない。機会がないのだから、自らお金を持ち歩く必要もない。
なのに金が必要だと言われて懐からサッとポーチが出てくれば、それはヴィクトルも疑問に思うことだろう。
「あのー……サナと一緒に……お忍びで?」
ヴィクトルの問いかけから、そろーっと視線を外してなにもない空間を見つめる。彼が纏う空気の冷たさから説教を食らう気配は悟ったが、それでも必死に誤魔化したかった。リーゼとて怒られたくはない。
「城下に出たときに……飲み物やおやつを買ったり……馬車に乗ったりするときのために……ドレスの裏ポケットに……えへ」
「君という人は……本当に……!」
しかし笑顔の誤魔化しはまったく効果がなかった。案の定、頬の皮を思いきり摘ままれて横にぐいぐい引っ張られる。
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