2-11.国の行く末

2/6
前へ
/156ページ
次へ
 ジャーファルの部屋は中央宮の北側にあり、庭は塀に囲われているものの、ところどころ生垣になっていたりと、外部からの侵入は割に容易な造りになっている。これはそもそも、そのさらに外壁が西宮になっているため、侵入者が限られるというのもある。  ジャーファルの身分が確定したことにより、最近は中央宮の衛士が誰かしら見まわっている状態だ。  その生け垣を覗いていたカシムは、生け垣の内部の隙間から突然襲ってきた蹴りで反射的にそこから離れた。 「覗き野郎が!」  最初から喧嘩腰のカルナックが軽く生け垣を飛び越えてカシムに襲い掛かる。 「落ち着けって。俺はちょい様子見に来ただけで…」 「だったらコソコソ覗いてんじゃねえよ!」  カシムの側には喧嘩をする理由もなく、ひょいひょいとカルナックの攻撃を躱しながら、彼の納得する言い訳を頭の中で巡らせる。しかしちょっと様子が見れればよかった、つまり覗きという正直な回答しか出せず、カルナックの攻撃をひたすら避けるしかできなかった。  その苦も無い様に余計にカルナックは逆上する。  ヤークトのように圧倒的な力量差を感じるのならともかく、カシムには勝てそうで勝てないというもどかしさがあり、ジャーファルの評価も高いため余計に気に食わないのだ。 「やめなさい!カルナック」  ルアイが仲裁に入り、ふてくされたようにカルナックはカシムから離れ、ジャーファルの部屋の庭に戻るでもなくどこかへ行ってしまった。  カシムはルアイに礼を言う。 「カルナックはカシム殿には当たりがきついですね」 「…なんか目の敵にされてるんすよね…」 「ジャーファル様の近くに誰かいるのが気に食わないのでしょうね。外国人のせいか、彼は背徳的な行為を気にしないんですよ!まあ、それがジャーファル様を守る原動力になっているようですし、そういうことは…私どももなかなか注意がしづらくて…」 「ああ…お察しします」  カルナックはジャーファルへの好意を隠していない。  ジャーファルが王子である限り、それは同性愛ということでエルジアの教義では背徳となる。  ジャーファルが女性であることを知るカシムは、むしろカルナックを不憫に思うほどだ。  それにしても衛士隊長であるルアイまで気が付いていないことに、なんというか、少々の呆れにも似た何かを感じてしまう。  ジャーファルは確かに体も育っているし腕も立つので、同年代の新兵たちと同じことをさせても遜色ない。しかしその年ごろで育っているということは、性的な特徴だって既によく出ているのだ。胸筋が厚いと皆本気で思っているのか、誰も何も言わないが、将官の中でも気が付いている者はいるとカシムは思っている。  なんだかんだ、毒殺されかけたサイード当たりがよく見てそうな気がしないでもない。将官ではないがクタイバも妙にジャーファルに心酔しているのはそれではないか。  そういう意味ではルアイも気がつかない振りをしているのかもしれないが、見ている限り、彼は黙って空気を読むより、割とすぐに口を出すタイプである。  注意喚起をする立場なので、内に抱え込むよりそういう性質の方がよいとも言える。  親しい女性がいないのかもしれない。女性を知らなければジャーファルが女性だと気がつかないのもおかしくない。  あまりに失礼なことを考え出した自分の思考を、カシムは一度消去する。  そんな彼の内に気が付いたわけではないだろうが、笑って話していたルアイは少し厳しい顔をカシムに向けた。 「でもカシム殿もよくないですよ。あなたは副官なのですから、ジャーファル様に用があるのでしたら堂々といらっしゃればよいのに」 「いやでも…俺なんかが中央宮に入っていいんすか?」  中央宮に入るには、なにも正門をくぐらなくてはいけないわけではない。幾つかある通用門から入ればよいのだ。ただそのいずれも専門の衛士が四六時中見張っている。そこからいくつかの回廊を渡りやっとジャーファルの部屋につく。  彼女のお供で入ったときは顔パスだったが自分一人では抜けられる気がしない。  カシムは生粋の平民である。  西宮に住むようになって給金の桁が変わっても、それに見合った振舞など誰が教えてくれるものでもない。
/156ページ

最初のコメントを投稿しよう!

27人が本棚に入れています
本棚に追加