2-6.カルナックと陰

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 目が覚めると暗闇の中、自分と同じ金色の瞳が見下ろしていた。アンチュである。  ジャーファルとの勝負で気絶したカルナックはルアイ達によって自室に戻された。  医者はアクバルが手配してくれた。目が覚めれば問題ないとされたが、すでに夜中になっていた。  双子の妹は、カルナックと同じ顔でニヤァと嫌味な笑みを作った。 ※ここからはエルージャ語で話をしているのでアンチュが流暢です。 「カルナックがジャーファルに敵うわけないじゃん。ジャーファル超強いんだから!」 「…わかってるよ」 「なんで勝負したの?変なの」  アンチュはパリィと散歩(狩り)に行っていて勝負は見ていなかった。  カルナックは寝返りをうち、アンチュから体ごと顔をそらす。 「…男の意地だ。ほっとけ」 「…エルジア人みたいだね、カルナックは」  やたらと男が優遇され、男らしさを美徳とするエルジアの気質は、カルナックにとっては好ましいものだった。  エルージャでは時に女の方が強かった。もし母の腹からアンチュよりも先に出てきていなかったら、カルナックが『アンチュ』になっていたのだ。  いじけてしまったカルナックにアンチュは少しの間黙っていたが。 「…そうだよねー。ヤックンやっといなくなったもんねー」  アンチュはまたニヤァと笑う。 「カルナックはエルジアの方法でやれば?止めないし。アンチュはエルージャのやり方するよ!」 「エルージャ…って、お前!」 「夜ー這ーいー」  ウキウキとカルナックの部屋を出て行こうとするアンチュを慌てて止める。 「夜這いって…王子相手に…っ、バレたらどうなるかわかんねーだろ?!」 「バレなきゃ大丈夫よ!ジャーファルは優しいからきっと黙っててくれるよ!」 「それは…っ、たしかに…」  武術に優れて積極的なところもあるがジャーファルは基本大人しい。 「そ・れ・に…、ヤックンいなくて寂しがってるよ~、眠れないの絶対それよ!」 「…俺も行く」  所詮は十三歳、中二という年齢である。  二人は庭からこっそりとジャーファルの部屋に向かった。  正面の扉は施錠されているが、庭側のガラス扉は小さなかんぬきのみなので、それなりの道具があれば突破できてしまう。  姿勢を低くして愛しの王子のベッドにこっそりと近づくが、ベッドは空でそのわきにいるはずの番犬もいない。 「…どこかに行ったのか?」 「さあ…でも…」  アンチュがジャーファルのベッドにダイブする。王族のベッドは使用人や衛士のものとは別物、格段に広く柔らかい。しかも。 「ジャーファルのにおいする…」 「まじか!」  カルナックも飛び込む。  双子二人でごろごろしても十分広いベッドに残る若い花の甘い匂い。 「…くそっ、王子ってんならこんないい匂いさせんなよ!」 「ニルミンがジャーファルかわいいかわいいするからねー」  ジャーファルが女性とわかっているニルミンは、表面上は王子として接していても、実際は女の子用の手入れを嬉々としてやっているのだ。  顔はすましているが、母親が女の子を可愛がる姿そのものである。  アンチュはそれに気が付いていた。  幸せそうにくんかくんかする双子の妹にカルナックは尋ねる。 「アンチュはジャーファルに犯されたいって思ってるの?」  体は、確かにたくましいのかもしれないが、あのジャーファルにそんなことが出来るように思えない。男だとしてもものすごく受け身になりそうだ。  アンチュはきょとんとした顔でカルナックを見る。 「無理でしょ。アンチュはすりすりしたいのよ」 「…無理って」 「女の子よ?」 「そりゃ…え?」 「え?」  話がかみ合わない。 「…王子だぞ?」 「うん、王族だね。だから?」  エルージャには男女で違う単語がない。男と女を言い分ける言葉はあるが。  アンチュはジャーファルが王子、男であるという認識がなかった。 「…女?」 「カルナック、ジャーファルが男に見えるの?」 「っ、そう言われたから!」 「???」  心底わからないという顔をされ、カルナックはベッドに顔をうずめた。  うずめて、あのひらひらとした服の下にある体を思い浮かべる。 「ジャーファル、絶対ヤックンとエッチなこといっぱいしてるよ?」 「やめろ!安易に想像できる!!」  仮に少年であったとしても、あの二人はそういう関係を匂わせていた。  ジャーファルの年の割に色気のある様子は、大人の男に開発されまくってるからとか疑う余地がない。  体だけで言えば、ぶっちゃけ十六歳のアクバルの方が子供に見える。  二人してベッドに伏せ、方々のため息をつく。 「…ヤークト死なねえかな…」 「エルジアの戦争あんまり人死なないよ」  南方戦線は基本一方的なのでエルジア人の被害が出る印象がない。その上侵略した後は友好的だ。 「それにヤックン死んだら、ジャーファルは可哀そうよ」  あまりに下種な考え。  カルナックはまた伏せる。  いつの間にかアンチュは寝息を立てていた。  あまりの心地よさにカルナックも瞼を閉じてしまう。  どれくらいそうしていたのか、しばらくのち、突然上から何かに圧し掛かられて、強制的に目が開いた。 「なんで…っ?!」  あまり聞いたことのない、ジャーファルの悲鳴のような声が聞こえ、眠っていた意識が完全に覚醒する。  暗闇の中、まさか自室で他の者が寝ているとは思わず、彼女もまたベッドにダイブしてしまったらしい。  下敷きにされた双子は同じタイミングで目をぱちくりさせる。  双子の間で腰を抜かしたように座り込むジャーファルは薄い透けそうな夜着一枚で、胸には昼間にはない柔らかいふくらみが彼女の息に合わせて揺れていた。  カルナックは思わずそれを両手でつかむ。  見た目以上に柔らかい。そして大きい。  十三歳になってもほぼぺたんこのアンチュがもの欲しそうにその光景を見詰める。  ジャーファルは再度、空気を吸うような悲鳴を上げ、カルナックの両手首を掴むと庭に向かって投げ飛ばした。  その光景の面白さに気が付き、やっと笑い出したアンチュも投げ飛ばされる。  ジャーファルは庭に続く窓のかんぬきをしっかりと閉めベッドに戻る。パリィは後ろ足で窓越しの二人に砂をかけるしぐさをしてからジャーファルの後に続いた。    その夜、双子は折り重なったまま、ジャーファルの庭で夜を明かすことになった。
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