2-6.カルナックと陰

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 熱く乾燥したエルジアでは日中のほとんどを室内で過ごす。昼前後の日の高い時間は必然的に勉強時間だ。  アスモン教の経典をカルナックはしどろもどろで読み進める。  経典の朗読、これがジャーファルがカルナックに命令した罰ゲームだった。  カルナックは流暢にしゃべることはできても文字を読むことは苦手としている。彼の生地エルージャの言葉は口語のみで文字が存在しなかったのだから仕方がない。  先生役のニルミンが進まない朗読で苛ついているのがわかるが、間違える都度隣からジャーファルが正してくれるので決して悪い時間ではなかった。  なおアンチュは同じ部屋の中でパリィとお昼寝している。  女子に責任はない、これが許されてしまうのがエルジアという国だ。  女でありながら王子という責務を負わされているジャーファルが不憫でならない。  ただ、しばらく経つと、カルナックが苦闘している横でジャーファルもうとうとし始めてしまった。  さすがに王子を叩くわけにもいかず、ニルミンが声をかけて起こす。 「まあ十章辺りは退屈ですしね」  彼女を擁護したのは、またしてもいつの間にか窓際の応接セットのソファにいたアクバルだった。 「アクバル様、公務は…」 「まあまあ、いいじゃないですか」  よくない。妹達の苦労を想い、ニルミンは口元を歪める。  兄がいたことに気が付くとジャーファルの眠気は吹っ飛んだようだ。  アクバルは堂々とカルナックの横に来ると、彼の持っている経典のページをペラペラとめくる。 「カルナックが読むのはいいことですね。経典とは小さな子が文字を覚えるために人生最初の教材として読むものなのです。文字の読めるジャーファルが退屈するのはあたり前でしょう」  アクバルは経典のページをごっそりとすすめ、中盤より後の章を指さした。ここから読めということらしい。  そこは盗賊から蜜壺を盗んだ男とその友人の話になっていた。  神の在り方から、わかりもしない地名や人名が並ぶだけの話とも思えない退屈な内容だったのに、同じ本の中で、現実にもありそうな物語が書かれているのである。  カルナックは取り合えず以前よりも難しい表現などが出てきて読むのに精いっぱいだが、ジャーファルはだんだんその話に引き込まれ、カルナックより前にページをめくろうとしてしまう。  さすがにニルミンの懲罰棒がテーブルを跳ねた。  アクバルはそこでカルナックの本を閉じさせる。 「ここで終わり?続きは?!」 「この先はここまでをちゃんと読んでいないと、これからこの男に起こることが理解できないんです。カルナックに任せちゃって、ジャーファルだってちゃんと経典を読んだことないでしょう?」 「う…うん…」 「…経典は面白いものですよ。嫌がらずにちゃんと読みましょうね」 「はい…」  ジャーファルは、おそらくは彼自身も経典を蔑ろにしていたヤークトに育てられている。文字は経典よりも難しい西宮にあった戦術書などで覚えたのだろう。経典になどたいしたことは書かれていないと思うのも当然だ。  その彼女につまらない部分を読ませても余計に経典離れをさせてしまう。アクバルにはそれが手に取るようだった。 「さすが、お見事ですわ、アクバル様」  ニルミンは無表情に彼を誉め、アクバルも少しだけ得意げな顔をする。 「ですが…」  彼女の背後からアクバルの侍女達、ニルミンの妹達がひきつった笑顔で現れた。  せっかくよい教師ぶりを見せたアクバルだが、敢え無くジャーファルの部屋から連れ出されたのだった。
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