2-6.カルナックと陰

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 誰かを恨んでいる言葉なのだが、ジャーファルの表情に恨みはなかった。  以前は恨んでいたのかもしれないが、すでに彼女も、ヤークトもアクバルも、誰も責められないことを理解している。  ヤークトが助けを求めたのは、言わば敵陣営のアクバル。  使用人の身分にされたヤークトにだって何の後ろ盾があったわけではない。将軍家はジャーファルをヤークトに押し付け、飼い殺しにしようとしていたようにしか見えないのだ。  後見の将軍家であればジャーファルが女であることなど最初から知っていただろう。  自営がそんな態度だからヤークトは何の保証にならなくてもアクバルしか頼れなかったのだ。  そしてアクバルは、どれだけジャーファルとヤークトの関係がおかしいと思っていても口を出せる立場ではない。そもそも成人前の王子だった。  遠くを見る青い瞳が濡れる。その寒々しさに、カルナックは上着を二人で羽織るようにジャーファルの肩を抱き寄せた。 「さっ…寒そうなんだよ!お前!お、俺も寒いんだからこうするしかないだろ…?」  ジャーファルの肩は思った以上に冷たくて、肩を抱く腕に力が入ってしまう。  彼女は嫌がらなかった。彼女も寒かったのか、カルナックで暖を取っているのか自分から身を寄せてきた。  香油の中に混じる若く甘い肉の匂い、そして体に押し付けられる柔らかい感触にカルナックの体が反応してしまう。 「さっ、さっ…寂しいなら、その、俺が…おっさんの代わりくらい…その…」  カルナックの膨らんだ股間が目に入ったのか、ジャーファルが跳ねるように彼から離れ、傍らのパリィに顔をうずめた。 「なっ、なんだよ!俺とは、…その、できない、とか?!」 「したことないもん」  パリィの毛皮に吸い込まれた言葉に、カルナックは欲情に任せそうな両手を止め、沸騰しそうな頭を冷やしてその単語の意味を考える。  したことがない。 「…おっさんとは、その、そういう関係だったんだよな?」 「…ヤックはしてくれなかった…」 「…なんで?絶対あのおっさんだってお前のこと…」 「入らなかった。…私にはまだ無理だって…」 「………」  処女確定。エルージャではエルジアほど処女性は尊ばれないが、カルナックは思わずガッツポーズをしてしまった。が、すでにそれを試そうとするような関係ではあることにいろいろ引っ込んだ。  しかも。 「…おっさんデカそうだもんな…。体もでかいし」  しかもジャーファルの場合、それが理想の男の基準になっているのでは。  そんな男が幼女を無理やり犯す、それはもう、性に奔放な国で育ったカルナックですら犯罪としか思えなかった。 「…エルージャでだって強引なのは罰の対象だ。特に大人が子供犯すなんて一番罪が重い」 「強引じゃないもん」  でもそれはそう思うようにされてしまったから。ジャーファルの世界にはずっとヤークトしかいなかった。  寒そうな背中を強引に起こし後ろから抱きしめる。嫌がるそぶりをされたが離すことはしない。  ジャーファルが本気ならカルナックから逃れることなど造作もないはずなのだから。  彼女は悩んでいる。でもそれは誰かが答えをくれることではない。周りは彼女に勝手に自分の意見を言うだけだ。  カルナックにだって彼の意見がある。 「俺はなし?」 「わかんないってば!」  子供らしくイヤイヤする感じにさらに深く抱きしめる。大人びているから年上のように感じてしまうことが多々あるが、ジャーファルはまだ十一歳なのだ。  ヤークトを愛していたとしても生涯の伴侶を決めるような年齢ではない。 「なしじゃないんだな?」 「ひゃっ…!」  否定じゃないだけでカルナックは納得し、ジャーファルをお姫様抱っこした。 「戻ろう。こんな時間に姫がいていいとこじゃないぜ?」 「やせ我慢してる顔」 「うるせえ!」  体格はほとんど変わらない。むしろ若干ジャーファルの方がいいくらいなのだ。  カルナックは、不安定さが怖いのか腕を回してくれるジャーファルを嬉しく思いながら、塔の姫を救い出す妄想を励みによたよたと階段を下りた。
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