2-7.狂った一族

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 一月後、西宮は北部からの撤退の後始末で、そこそのものが戦場のように慌ただしくなっていた。  出発の方が忙しいものではないのか、ジャーファルの後ろに続くカルナックはその様子に首を傾げた。 「出発するときは個々の準備だけらしいよ。資材は途中で調達だし。余った資材とか壊れたものの修理とか後始末の方が大変なんじゃないかな」  確かに戦争前は自分のことで手いっぱいになるだろう。心の準備もいる。そういえば今回の北部進行も決まってすぐに出かけていけたのはそういう仕組みかとカルナックは納得した。 「アッチモコッチモオシロ!」  アンチュが中央宮と西宮を両方指さしてはしゃぐ。双子が出ていた新兵の競技会は西宮と言ってもほぼ城壁前だった。西宮は王宮全体を囲うように城壁を張り巡らせているので、場所によって見え方が違う。  西宮の本殿は中央宮の塔のような象徴的なものはないが、十分城の佇まいだ。  この中に将軍一族の部屋がある。  衛士ではなく兵士がジャーファルを敬礼で迎えた。  カルナックとアンチュはそこからの入城を断られ、代わりに帰還作業の見学を勧められた。  成人となったジャーファルにとって、伯父であるディルガムとの面会に衛士は既に必須ではない。宮殿を移動する際の儀礼的に二人を連れていていただけなので、そこで分かれることに特に懸念はなかった。 「また背が伸びたんじゃないか?十二歳になったんだっけ」 「はい。伯父上も無事のご帰還何よりです」 「社交辞令だね。他に誰もいないし気楽にして。俺も普通にさせてもらうし」 「そうする」  フランクにソファーの隣を勧められたので、ジャーファルは警戒なくディルガムの隣に座った。  祖父の前将軍が生きていたころは同伴で北宮に訪ねてくるだけだった彼だが、いつもニコニコしていて悪い印象はなかった。何よりヤークトとは兄弟のように仲の良い従兄だ。  戦地に常駐していることが多いため会う機会は少なかったが、母の兄という近い血のつながり、そしてヤークトとの良好な関係ということで、ディルガムはジャーファルにとっては数少ない信頼できる大人だった。  ジャーファルが隣に座ると、彼は逆に立ち上がり、部屋の隅にあるストーブに鍋を掛けた。しばらくすると部屋に甘い匂いが漂いだす。 「何してるの?」 「北部のお茶…ミルクかな。飲める?」 「飲む!」  ディルガムは湯気の立つ鍋と二つの銅のカップをテーブルに出し、そこにミルクティーを同じ量だけ注いだ。ミルクとスパイス、茶葉が一緒に煮られていたようだ。 「夜に飲むとあったまっていいんだけど、さすがに夜王子様を西宮まで呼び出すのは気が引けるからね。どう?」 「美味しい!北部ではいつも飲んでたの?」 「俺は酒のがあったまるからな」  これにも少し酒を入れると美味いと自分のカップにボトルを傾けるしぐさをして見せる。その様に笑いが出てしまう。 「飲んでばっかり!伯父上将軍できるの?」 「飲んでも酔えないんだよな。だから仕事はまじめにやってますよ、ジャーファル様」  また笑いが出る。祖父が一緒のときはあまり会話は弾まなかったが、二人だと楽しく会話が出来る。ジャーファルは改めてこの伯父に好感を持った。  口の端に付いたミルクを太い親指でぬぐわれるとヤークトを思い出し、わずかに頬に熱が昇る。 「よく笑うようになったね。良かったよ」  以前はヤークトと一緒にいた時間を今は誰かと話をして過ごしている。笑えるような話をする大人はいないが、アクバルやカルナック達とは話していて笑わない日はないほどだ。  伏目ではあるが、顔立ちはやはり前将軍に似ていると思う。ヤークトにも似ている。  おそらく母にも似ているのか。  ジャーファルはカップをローテーブルに置くと、ディルガムに改めて頭を下げた。 「伯父上、ヤックを助けてくれてありがとう」 「…はぁ…、お前に先に言われるとはな。ヤークトはいまだに俺に礼を言ってないぞ。北部に連れていかれたことを怒ってる」  それについてはジャーファルも複雑な気持ちだ。 「ヤークトを何故返さないんだと思ってる?」 「…うん…」 「正直だね」  ディルガムはジャーファルのターバンに手を置くとそれをずらし、中でまとめていた長い黒髪をほどいてしまった。  開放され乱れたそれをゆっくりと整えていく。  何をされているのかジャーファルは戸惑うが、太い指が顔に触れる度に彼を思い出し、ますます頬を染めてしまう。
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