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ジャーファルが目を覚ますと、そこには見慣れたタイル細工の天井が広がっていた。南中からわずかに傾いた日の光に照らされている。
「ジャーファル様!」
「…っ、ジャーファル?!」
「ジャーファルゥ…?」
ニルミンの声で、ベッド脇で寝ていた双子とパリィが目を覚まし、ジャーファルの顔を覗き込んだ。
「私…」
「あぁ…ご無事でよかった…ほんとに…」
いつも澄ましていたニルミンが珍しく安堵の表情を隠し切れずに両手で顔を覆う。
パリィがペロペロとジャーファルの頬を舐めるのを止めながらカルナックが状況を説明した。
「…丸一日、寝てたんだぜ?」
「………一日…」
昨日何をされたのか。
それに気が付き、ジャーファルは飛び起きると自らを確かめる。いつもの夜着に覆われた体は特に痛いところもなく、わけがわからずに再び枕に頭を沈めた。
「…私……、…伯父上に…?」
「なんもされてない!大丈夫だ!」
カルナックはニルミンを一瞥する。
彼女は意を決したように一度軽く息を吐くと、あの後に起きたことを話しだした。
結論から言うと、ジャーファルを助けたのは、ヤークトの父ムスラファンだった。
彼はジャーファルを王子とした元凶であり、彼女が最も恐れる相手でもある。
だがそのムスラファンと将軍ディルガムの確執が、今回ジャーファルを救うことになった。
「ディルガム将軍とムスラファン殿の関係が悪かったことはジャーファル様もご存知でしたよね?」
「うん」
「お互いの陣営に間者を潜ませていたようなのですが、ジャーファル様とディルガム将軍が接触されるという情報でムスラファン殿が西宮に突撃したのですよ」
「怖い顔したおっさんがすごい勢いで西宮に入ってくから、ジャーファルを追って来たと思って、俺らも慌てて後を追ったんだよ」
「ゴーレムノオッサンヨ!」
アンチュのエルージャ語の単語は、意味は分からないが、ムスラファンを表すのに妙に合っていた。
ともかくムスラファンとその取り巻きに続いてカルナックとアンチュも西宮本殿へ侵入し、そこでディルガムに犯されそうになっていたジャーファルを発見したのである。
ムスラファンが動くより前に双子は部屋に飛び込み、ディルガムがムスラファンにひるんでいた隙に全裸のジャーファルを奪って、窓を蹴破り一目散に逃げた、というわけだ。
上着のないカルナックにその時の気遣いが見えた。
「ムスラファン殿としては、ジャーファル様とディルガム将軍の間で密約でも交わされることを恐れていたのでしょう」
「ミツヤクッテエッチノコトネ?」
「ちげーよ!」
ニルミンすらそれらしいことを想像したらしく、三人とも妙に気まずい表情をする。
ジャーファルに何もなかったからこそ出来る表情でもあった。
しかしジャーファルにとっては信じていた伯父の凶行未遂である。
「…じゃあ、伯父上は……?」
ニルミンと双子は表情を硬くし、再び顔を見合わせた。
しばらくの沈黙となったが、ニルミンがやっとしてそれを話す。
「…ディルガム将軍は投獄されました。…軍の整理が終わり次第、処刑、とのことです」
「伯父上は…何もしてないっ!」
立ち上がろうとしたジャーファルにアンチュが飛びつき、抱きついてベッドに押し戻した。
「伯父上はそんな…こと、する人じゃないっ!」
「しようとしたんです!」
「は、話を…」
「なりません!!ジャーファル様、あなたは王子です!王子に…狼藉を働けば、そうなるのです!
…ディルガム将軍は罪を認めています…」
ジャーファルがやっと落ち着いた、というよりも抵抗する気力を失ったという方が正しいだろう。
困惑に瞳を潤ませ、再びアンチュの向こうの天井を呆然と見る。
「…好ましい人が正しいとは限りません。あなたと…ディルガム将軍には、それほど深い交流はなかったはずです。
…しっかりなさってください」
ニルミンもディルガムがずっと国外にいたことを知っている。北宮に閉じ込められていたジャーファルと頻繁に会えていたわけがないのだ。
ヤークトより近しい血縁、そして彼に背格好が似ていたことで、ジャーファルが簡単に心を許してしまっただけ。
しかし彼はヤークトではない。将軍一族直系の何を考えているかわからない男なのだ。
「…人をちゃんと見て、話をする。アブドゥラがあなたに申し上げたことです」
「……でも……なんで……なんで…?」
たとえ得体のしれない男だったとしても、ジャーファルにとっては伯父であることに変わりない。
信用できない、の一言で片づけられるものではないのだ。
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