2-8.ジャーファルの軍

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2-8.ジャーファルの軍

 西宮に陣取る軍は国軍であり、王の所有物のはずである。  しかし長年『将軍家』という特殊な一族に任されてきたことで、王よりもまず将軍に従うという規律が出来ている。  ただしそれにより頻繁に王朝が変わっても軍は機能するようになっているのだから、エルジアのように微妙な位置にある国にとっては国民を守るためには必要なことだったのだろう。  前将軍は大王とは幼馴染であり血縁上も従兄弟ということで良好な関係を築いていた。大王の治世初期に共に戦地に赴いていたのも、その信頼があってこそと言える。  しかし女系のつながりは無いに等しく、息子であるディルガムの代になってしまうと、父親の戦略を引き継いでいたにもかかわらず、王家との関係性はほぼなくなってしまっていた。  妹が王子を産んでいてもだ。ただの有力な臣下、それだけである。  そのディルガムが王子への強姦未遂で投獄された。  一族取り潰しもあり得る重罪だが、特殊な一族であること、また彼には子がいなかったため、彼一人の処刑が即日決まった。  少し前には慌ただしく戦後処理に追われていた西宮の庭は妙に静かで、兵士たちが力なく腰を下ろす姿が目に付く。  大王と戦地に出ていた前将軍に比べれば、ディルガムの評価は低かったかもしれないが、元々将軍位を継ぐことを約束されていた彼が六年も務めれば軍の掌握など容易かったはずだ。  その彼の突然の解任で軍が混乱しないはずがない。  ジャーファルは以前にも通った中央宮から西宮に続く回廊を足早に進む。  彼女の後にはカルナックとアンチュ、その後にルアイ達門番衛士三人が続く。  その少し離れた後を、ムスラファン一派が口元に笑みを浮かべながらも険しい目つきでついてきていた。  西宮の正門では、ジャーファルの将軍就任も彼女の姿も知っているはずなのに、何の指示も受けていない番兵が止めようとするが、ジャーファルはそれを無視して先に進んだ。  目指すは以前訪れた将軍の私室のある上の階ではなく一階広間。上層部が集まっての軍務会議を行う場所だ。前将軍の葬儀が行われた場所でもある。  広間の扉の前にまた番兵がいたが無視し、何の合図もなく蹴破るようにそこを開ける。上級官と何人かの隊長格と思われる男達が昼間から酒を飲みながらうつろな目でカードゲームに興じていた。  ジャーファルは彼らの目が自分を向くと、一番上座にいた男の顔をいきなり持っていた棒で殴りつけた。 「大叔父上、一族の者ですか?」 「ああ、何となく繋がっている程度の遠縁だが」 「な、き、…さま…、っ、ムスラファン?!、殿、と…?」  ディルガムの軍の三副官の一人、左翼将ヌーマンは出陣式でも最前列にいたはずだが、壇上にいたジャーファル王子に見覚えがないらしい。ジャーファルはもう一度棒で殴る。 「餓鬼が!調子に乗…っ」 「堂々と手会うなら不問に伏してやる!が…」  抜かれたシャムシールの曇った刃先を見れば、たいした使い手でないのはわかる。  ジャーファルはその曲剣よりはるかに長いリーチを生かし、棒の戻し際に再度男の後頭部を殴って床に叩きつけけた。 「まあ父親はそれなりに使える男だったが、代替わりというのは恐ろしい。ヤークトが即副官というのもこういうことなんだな」  実兄が将軍だった頃ならいざ知らず、ディルガムと敵対していたムスラファンには軍の人事について口出しできる権限はない。  三将は南方を担当する右翼将、北部を担当する左翼将、そして将軍の代理が出来る副官からなり、先代の時代にはディルガムが右翼将、ムスラファンも一時期左翼将を務めていた。ディルガムは病気がちとなった父親の副官を命じられたため南方から帰国した。  つまり三人の内であれば将軍の代理もできる副官が一番地位が高い。ここが今はヤークトなのである。  そのヤークトはこの不甲斐ない左翼将に変わり北部前線に取り残されているのだ。  ムスラファンが珍しく自らの息子を褒めたように聞こえ、ジャーファルは思わず振り返る。  その隙にヌーマン配下の男たちが彼女を取り押さえようと向かってきたが、カルナックとアンチュで難なくぶちのめした。 「将軍であるジャーファル様に楯突こうってのかよ!身の程知れよ、おっさんども!」 「オトコッテバカネー」 「ジャーファル、王子…だとっ?!」  左翼将ヌーマンは最前列にいたからこそ、更紗に隠れて暗い顔で俯いていた王子の姿しか知らない。  今ここで自分を組み敷くのは、鎖冠で飾られた長い黒髪を隠すことなく揺らめかせ、深い青の瞳で冷たく見下ろしてくる美貌の王子。  十二歳の将軍なのだ。
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