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強がれ。
王太子となったアクバルがジャーファルにかけた言葉である。
ジャーファルの根底は、大人の男に甘やかされた寂しがりで気弱な少女である。しかしそれに付随する臆病さや慎重さは大将には必要な素要でもある。
いきなり将軍に指名され、その重責に、隠れて泣くしかなかった妹をアクバルは否定しない。
自分の元ではいくらでも泣けばいい、でも軍の上に立つときは強がれと。
無理に強くならなくていい。なろうとしなくていい。ふりだけでいい。
今はとにかくそれしかないのだと。
性格が大人しいだけで肉体的には鍛え抜かれている。
頭もいい。
妹は強がれるだけの力は既に十分持っている。
「それに軍があなたのものなんですよ。北部に残ってる何某とかいう方を戻すのもあなたの命令一つです」
その言葉が決め手というわけではないが、ジャーファルは精一杯強がることにした。
女であることの後ろめたさでターバンの中に隠していた髪を降ろし、王子の証である鎖冠を常につける。カルナックとアンチュには近衛として付き従うことを命じた。二人にとっては今更だ。
そしてムスラファンと話をした。やはり理解はし敢え無いが、軍の再編への協力は得ることが出来た。
彼がいずれその軍を手中に収める企みがあるのも承知の上だ。
「将軍が居なくなったとたんに体たらくになる上官が要るか!ローダアヴァジーラの血が必要だと言うなら私がいれば十分だろう」
「く…っそ…っひっ!」
これ以上は殴る気もなく棒の先を顔前に突き付けただけだが、左翼将まで務めた男があっさりと消沈した。
カルナックは金の瞳を細めて情けなく縮こまる男ををのぞき込む。
「…こいつ、中央軍の訓練、ちゃんと受けてんのか?」
多少は酔っているにしても、余りにされるがままの男に、少し前までそこにいたカルナックが疑問を呈す。棒術は何も殴るためだけの技術ではないはずなのだ。知っていれば躱すことも難しくない。
先ほどのジャーファルは中央軍で使う正規の型しか使っていない。
ムスラファンが背後で鼻を鳴らす。
「ローダアヴァジーラの者は新兵訓練など大体免除だ」
「何その特権階級」
「すでに鍛え上げられているから、のはずなんだがなぁ」
そのため彼の息子は訓練なしで即最前線に送られた。
それに引き換えこの男は、父親の庇護下でぬるま湯に浸かっていたとしか思えない。
「左翼将は解任だ。いいですよね?大叔父上」
「好きにしろ」
人事に口出しはしなくても記録だけは軍務官の担当である。
ムスラファンの背後の男がリストに取り消し線を入れる。関連する何人かにも線を入れた。
そのさらに背後の開けっ放しの扉から、ルアイが宮殿内の制圧状況をジャーファルに報告する。
ジャーファルの衛士はルアイ他二名だけだったが、今は小隊規模の人数が中央宮衛士から選抜されている。ジャーファル達が西宮に入った後に合流した。
そのまま一部の衛士をそこの片付けに残し、西宮の先に向かう。
西宮はいくつかの建物とそこをつなぐ回廊を、王宮を囲う外壁とした巨大な城だ。入ってきた正門が本殿で、そこが最も中央宮に近い最深部となり、そこからはむしろ徐々に一般兵の生活の場という雰囲気が強くなっていく。
ジャーファルが広間を出ると、番兵たちは臣下の礼をし、深々と頭を下げるようになっていた。
さっさとそこを通り過ぎるジャーファルのすぐ横にルアイが走り寄る。衛士の中で彼だけがこの後もジャーファルに同行する。
「北部砦に派遣されたのは中央軍全体の五分の一ほどです。現在まだ半分がそこで警戒に当たっており、その指揮はヤークト殿がしているそうです」
「それだとほぼ中央軍は戻ってきてるってことでしょ?人が少な過ぎない?」
「元々中央軍の五分の一は学生です。一部は右翼将イスハークについて南方警戒の役に就いています。北部から戻った兵は片付けが終われば休暇に出来ますから今人が少ないのはそのせいですね。ディルガムの件で軍を離れた者も多いようです。今休暇の者もそうならないとも限りません」
だとしても中央軍半数が残っているはずだ。ディルガムのために軍を去ったか、やる気をなくして怠けていることになる。本来それを統率しなけれなならなかった元左翼将があのざまだ。
ジャーファルは歩みを止めることなく、自分の後方にいるはずのムスラファンに声をかける。
「大叔父上、イスハークは一族の者か?」
「ああ、…遠縁だ。ディルガムが成人前から右翼将だった食えん男だ」
ディルガムが右翼将だった一時期を除いてずっと右翼将だったということだ。
「一度会ってみたいな。ルアイ、戦線が落ち着いたところで戻るように伝えろ。地方はどうなってる?」
「特に動きはありません。一部はその南方に派兵されています。これは通常通りのことのようです」
「地方に気を配る必要はないぞ。今は領主が担ぐ神輿もないからな、反乱など起きようもないわ。警戒が必要なのは交易街だけだが、軍が出しゃばる場所ではない」
長年軍務を見てきたムスラファンが付け加える。神輿の意味が分からなかったが、ジャーファルは軽く振り向いてそれに頷いた。
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