2-8.ジャーファルの軍

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「学生が多いのか。学校はどうなってる?」 「通常通りです。ここは上がどうなろうが変わりありませんよ」  教育機関は上層の子息が通っているイメージがあるが、上層は徴兵が免除されたり、独自に家庭教師をつけたりと、実際は一般市民が圧倒的に多い。  そして出世を夢見て中央に来ても、一般市民では小隊長、良くても訓練校の教官が関の山というのがエルジアの実情である。実際に軍も将軍と三将はずっとローダアヴァジーラの一族が独占していた。  しかしそれだけに学校というのは上層部の意向に振り回されることのない機関でもある。  人がまばらな広場を横切る狭い回廊の突き当り、下街に面した階層状の建物が教育機関だ。  一階は本宮より広いエントランスとなっており、その中央に二重階段がある。おそらく西宮で一番広く高い建物だろう。 「屋上に行ってみたい」 「物好きな」 「大叔父上はここに居ても…」 「ついていくさ。滅多なことをされてもかなわん」  エントランスには、十二歳のジャーファルより少し年上となる大勢の学生達がいたが、彼らは将軍の交代を噂程度にしか知らない。彼女の後に続く中央宮の紺を纏った衛士、そして軍務官ムスラファンの姿に気が付くと慌ててひれ伏した。  元々下街からも出入りできるように、丘のふもとに建てられた五階建ての最上階なので、中央宮の塔に比べれば低くなるが、遮るものがないので王宮の外を見渡すには十分な高さがある。  ジャーファルはそこからまず王宮内部を見る。  西宮はいくつもの建物が、城壁を兼ねる回廊で繋がれている奇妙な形の宮殿だ。回廊で連結した手前の建物の向こう、さらに競技会を行った広場を挟んで中央宮になる。  住んでいても全貌がいまだにわからない中央宮がやはり巨大で、その後ろ東宮があるはずだが、中央宮に隠れて見えない。宮殿から北の高台が一括りに北宮とされる小宮殿の建つ一帯になるが、そちらも西宮の本殿に隠れて見えない。  ふと、遠くに物音がして、宮殿とは反対側を見る。  街からも外れた荒野で砂煙が上がっていた。 「おー、訓練してる!」  カルナックとアンチュも中央軍の訓練で行っていた馴染みの場所らしい。 「あれは学生?新兵の訓練時期は終わってるよね?」 「学生に軍事訓練はありませんよ。正規兵でしょう。南方にも北部にも参加していない者は常駐しているはずです」 「…上官は昼間から酒を煽っていたのに、真面目なやつらはちゃんといるんだな」  岩場で見えないが、武器の規模を思えば小隊くらいの人数はいるはずだ。  そういう者達を統率し、今も訓練している奴がいる。  カルナックとアンチュがその訓練現場に目を凝らす。彼らはエルジア人より優れた視力を持っている。  アンチュがあ、と声を上げた。 「カシムヨ、アレ!」 「カシム?」 「アンチュヲオマツリダシテクレタオモロイオッサンヨ」  彼女の言うお祭りというのはあの新兵競技会だ。カシムというのがあの場に外国人女子を送り込んだ逸物らしい。  階段を若い付き添いに助けられながら老人が上がってきた。  見覚えのある姿にジャーファルは駆け寄る。  六歳の頃に一日付きっ切りで、子供にもわかるように戦術論を語ってくれたバキル博士だった。  あの頃から少しだけ白髪は増えたが、あまり変わらない姿でジャーファルの前にひれ伏す。 「あの小さいお子がこんなご立派になられて…将軍になられるとは思いもしませんでしたぞ」 「先生も健勝でよかった。どうしてここに?」  バキルは現在ここの学長をしており、その傍らで教鞭を振るったり研究を続けているらしい。  考えてみれば戦術論の重鎮たる彼なら参謀将に迎えて然りなのに、成人したばかり新人相手の学長とはどういうことなのか。  結局彼も一般市民の出であるために軍の重職に招かれることなく、この学校の中で研究を進めるしかなかったそうだ。  ジャーファルはバキルに後ほど本殿を訪ねるように伝えた。  バキルが帰った後、ルアイに、カシムという男にも本殿に来るように手配させた。
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