2-8.ジャーファルの軍

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 本殿に戻ると、広間はすっかりジャーファル専用に作り替えられていた。  上座にはジャーファル用のソファが置かれ、その周囲には分厚い天幕が吊り下げられている。その前でニルミンと鎖につながれたパリィがジャーファルを待っていた。  彼女の他にも中央宮のフリーの侍女だろう女達がそれぞれ荷物を持ったまま、ジャーファルに頭を下げる。 「ジャーファル様、お召し替えをなさってください」 「どうして?」 「将軍には将軍の装束というものがございます。あなたたちもですよ」 「俺?」 「アンチュモ?」  ジャーファルはニルミンに上座の天幕の中に入れられ、カルナックとアンチュにも侍女たちが取り付く。  天幕の奥で下着姿にされ、上質な無地の更紗の上から瑠璃に銀糸の刺繍の入った上着を着せられる。その上からさらに、いくつもの銀のアクセサリが飾られた。  自分の持ち物とは思えない高価なそれらにぎょっとするとニルミンが説明する。 「大王様から将軍就任のお祝いです。つけないわけにはいかないですよ」 「う…うん…」 「上着は帯で止めるだけにしましょう。座ったときにジャーファルの長い脚が見えるように」 「そうですね…え?!」  天幕の下から恍惚の表情をした王太子装束のアクバルが覗き込んでいた。 「兄上?!」 「アクバル様!どうしてこのような場所に…っ」 「ジャーファルが見たかったからに決まってるじゃないですか!それに初の軍儀に王太子が来てるとか拍が付くでしょ?」  ニルミンが天幕をずらし隙間から外を見ると、馴染みの濃緑色の衛士たちがアクバルの下半身を守りながらため息をついていた。  這いつくばって妹の着替えを覗くなど到底王太子の行いではないが、ニルミンはアクバルを放っておくことにした。  王太子がいることで拍が付くのは間違いないことでもある。  ジャーファルは十二歳、決して周囲に舐められるわけにはいかない。十二歳であっても成人王族なのだ。  人獣従える様を見せつけるために飼い狼(乗れるほど大きくはないが大型犬サイズは十分にある)もつれてきたし、大人っぽく見えるように化粧も施す。 「座り方も重要ですよね。そんな足揃えて大人しく座っちゃだめですよ!もっと威厳を出して」 「え?っと…」 「もっと体をそらして、足組んで!いいですね、このサンダル」  足元にいた兄が足の角度まで指示してくる。  そしてうっとりと見上げる。  パリィがのっそりとジャーファルの足元に近づき、そこで伏せた。 「…ニルミン、これ、化粧までして…私男に見えてる?」 「そんな可愛い顔しちゃ駄目!ほんとに女の子に見えちゃいますよ!もっと冷たく!蔑むように!」  妹にどんどん性癖を歪められていく王太子にやるせない気持ちを抱きながら、ニルミンも化粧をやめられない。  多少やり過ぎた感はあるが、元の良さに加えて化粧映えするジャーファルが悪いと心の中で責任転嫁をすることにした。 「…子供に見えては困りますが、中性的なジャーファル様の美しさは神々しくもあります。王族なのですからこれは前面に押し出すべきです」 「さすがニルミン、わかってる!」 「…アクバル様…、いい加減そのような格好なさるのは王太子としてどうかと思いますよ?」 「えー…」 「ずるい。わっ…」  アクバルの上から天幕をめくって四つん這いのカルナックが入ってきた。分厚い幕布にかぶっていた帽子が取れ、仕方なく帽子を抱えて体を起こす。その後ろから同じように帽子が邪魔そうなアンチュが続いた。  二人ともジャーファルの足元でその神々しい姿に見とれ動きを止めた。 「もっと冷たく見下ろしてくれ。罵ってくれ。」 「ジャーファルカワイイ…」 「でしょ?」 「どういう趣向なんですか、あなたたち…。さっさと準備なさい!天幕上げますよ!」  双子は銀のたすきのかかった漆黒の長衣に同じ色の顔の半分が影になるような大きな円筒形の帽子を持たされている。それを被ると元々の黒い肌と混じり、無機質な人形のようになるのだ。 「アンチュはもう半歩下がってください。足は…肩幅に開いた方がいいですね。錫杖はまっすぐ!いいですね、すごく冷たい感じ出てます!」 「アクバル様!」  兄は最後の位置確認をするとやっと天幕の外に出て行った。
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