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脱力する工兵たちをルアイが左側に寄せ中央を開ける。
しかし最後の招集者の姿はまだそこにない。
しばらくすると遠くからバタバタと足音が近づいてきた。
ぼさぼさ髪で煤塗れのうえに普段着という男を門番二人が止める。壁際の侍女が呼ばれ、いったん扉が締められた。休憩ということだ。
ニルミンがジャーファルと双子に飲み物を持ってきてくれた。
小声で少し話す。
「最後ってアンチュの隊長だよね?」
「カシムヨ。アノキタナイノオッサンダッタ」
「俺も知らないんだよな。ていうか、今一人で来てたよな?」
招集の際には同行者を許可している。バキルなどはその意図を本当に正しく理解していた。
そこにあえて一人で来たのか。
カシムという男は訓練教官らしい。様子から訓練が長引いて急いで走ってきたというところだろう。
ジャーファルも実際に会ってはいないが、アンチュの実力を公平に見定められる男なら、役職を与えないにしても会う価値はあると思って彼を招いたのだが。
しばらくして扉が開き、黒の飾りのない軍服の男が、そのいでたちに見合った姿勢でまっすぐ広間を進んできた。
アクバルに礼、そして既に自分を全く見ていないムスラファンにも礼をし、ジャーファルに臣下の礼をした。
「カシム・カイゼルです。せっかくお召しいただいたのに遅くなりまして申し訳ございません!」
臣下の礼をすること自体、既にジャーファルへの忠誠である。
「初めて会うな。面を上げろ」
「はい、っ…」
顔を上げたとたん、わずかに口の端を苦々しく歪めたがすぐにそれをごまかした。おそらく背後のアンチュに気が付いたのだろう。
カシムもまだ若い。クタイバよりは少し上という程度だろうか。
今しがた整えられたのだろう、短めに刈り込んだ痛んだ巻き毛に口髭、訓練に明け暮れているせいか焼けている肌は一般的な軍人のもので、特別目を引く部分はない。
伏目がちなところはディルガムを思い出すが、彫りの深いエルジア人ではこういった目の特徴を持つ者もよくいる。
ただ疲れが溜まっているのか若干人相が悪く、あの男のように笑顔もなく表情を悟らせないようなところもない。
卒なく行動はしているが、何故自分がこんなところにいるのかという怪訝な表情が隠しきれていない。
「で、遅れた理由はなんだ?」
カシムは苦い顔をしながらちらちらとクタイバを見ているような。
「私にわかるように言ってみろ」
「あ…その…新発明の砲台とか言うのを試してまして…」
白目をむいていたクタイバのどんぐり眼がカシムをギラリと見る。
「暴発したとか?」
「いえ…重量が…ありまして…練習場まで引っ張っていったのはいいんですが、戻す方は、大変で…その…呼ばれてるからって俺一人抜けるわけにはいかなくて…」
そう言えば訓練をしていた荒野は川沿いのかなり低地だったように見えた。王宮は丘の上に建っているのである。
「申し訳ございません!」
既に開き直っているのだろう、カシムは謝ったがジャーファルには彼が謝る理由がわからない。訓練教官であれば当然の行動だ。
「ジャーファル様、私からよろしいでしょうか?」
右からバキルに声をかけられ、ジャーファルが頷く。
「カシムは人望も責任感も強く、訓練教官などにしておくのは惜しい男です。今日も姿を見かければ私が連れてくるつもりでおりました」
「え?先生!」
カシムは今やっとバキルがいることに気が付いたようだ。彼もまたバキルの教え子だったらしい。
「この男に目をつけるとはジャーファル様はお目が高い」
「…それは褒め過ぎだよ、先生」
ふいに自分の見る目のなさを思い出し、ジャーファルは憂いた色を含んだ目でカシムを見てしまう。
男は一瞬顔色を変え、それを隠すように頭を下げた。
「カシム・カイゼル、ジャーファル様に忠誠を誓います」
「うん」
最後の招待者であるため、下がったところはアクバルの目の前になる。
アクバルとしてはかつての配下であったアンチュを色眼鏡なく選んでくれた教官ということで好意的に彼を見ていたのだが、一般市民であるカシムは王太子殿下に見つめられていることに気づくと震え、ガチゴチに固まってしまった。
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