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ジャーファルが成人してからの衛士であるルアイには、軍の一員ではなく衛士隊の隊長を命じた。ジャーファルは将軍となったが引き続き中央宮に住む。誰がまだ敵か味方かわからず、また人の出入りもそこまで厳格に管理されていない西宮に彼女が住むことはニルミンとアクバルが猛反対した。
中央宮衛士も今回新たに増員して信用を疑ったらきりがないが、中央宮はそもそもの出入りが制限されているため西宮よりはよほど安全だし警護もしやすい。
ジャーファル自身、西宮に住みたいわけではないので、そこは大人しく二人に従うことにした。
カルナックとアンチュはジャーファルの近衛としてついて回る。中央宮の紺と軍の黒の兵服を場合によりけりで着用することになるだろう。
アンチュは早速兵服を改造しようとしたので、儀式以外は上着だけの着用でもよいことにした。カルナックも同様とする。
そもそも兵服を支給されているのは儀式に出席するような上級兵だけだけだ。儀式以外では着用しないのも普通だと言う。
先日、西宮の広間に集めた者たちは一人も兵服を持っていなかった。副官としたカシムもあのときのものは西宮の備品である。
きちんとサイズ合わせされた鎖章付の兵服で、ジャーファルの変則攻撃を一応全て躱してみせたカシムは、まばらな拍手を受けながらジャーファルと共に上座に着いた。
彼らと入れ替わりでアンチュが広場に出て行く。
カシムの副官としての最初の仕事は、競技会にも使われた中央宮と西宮の間の広間に、中央都の残留兵を可能な限り集めることだった。
新将軍の顔見せ会である。
興味を持つ多くの者が集まったが、休暇を辞してまで出仕する者も少ないようで、集まったのは中央にいる半分ほどだろうか。それでも相当の数である。
たかだか訓練教官の一人だった平民出の男が、事実上軍のナンバー2の副官になったという話は瞬く間に広まった。王子が将軍とかいう雲の上の話より、人は自分に近い境遇の話の方が衝撃的なものである。
カシムは嫉妬や羨望、疑惑に当てられ、その注目度で多くの者をこの広場に集めることに成功した。
「…何のいじめだよ、これは…」
十二歳の将軍も相当だとは思うが、その将軍と並んで上座に座ると、兵士たちのヘイトが全て自分に向いているような気がするカシムだった。
兵服の襟元を早速崩す柄の悪い副官に、ジャーファルはひそかに笑う。彼も長年妬む側だったからだろう。横からバキルが彼に、姿勢よくするようにと懲罰棒で叩いた。
ジャーファルはカシムの戯言をひと先ず無視して立ち上がる。
「私は実力のある者を取り立てる。武官だろうが平民だろうがな。自信のある者は見せて見ろ!武術以外でも構わんぞ」
広場に向かって放たれたジャーファルの言葉に、皆の怪訝な表情が一瞬にして明るくなり歓声が上がった。
バキルが連れてきた者達が逸る兵らを抑えて、希望者の名と得意分野を纏めていく。
その中からすぐに腕前を披露できる数人を選び、目安としてアンチュと戦わせる。腕のある者は何らかの隊長格を任せたいので彼女に対応できないようでは論外だ。
「いや、アンチュは強えよ、マジで」
「おっさん!言葉遣いは気をつけろよ?」
「…アンチュは強いと思いますよ、ジャーファル様」
ジャーファルの後ろに控えるカルナックが凄む。カシムにとっては外国人の子供ごとき怖いわけではないが、仕方なく言い直しをした。
「新参兵を募集してるわけじゃないんだ。ある程度強くなければ務まらないだろ?それにアンチュは弱点も顕著だよ」
「…よく言えば変幻自在、見切っちまえば曲芸って感じっすかね。体力もないし」
「わかってるじゃないか」
「それでも目の前でやられると躱せねーんですよ、あれ。そんなでかく見えねえのに何であんな足長えんだよ…」
一人目が早速彼女の足技に沈んだ。
「間合いを取って空振りさせて、持久戦に持ち込めば簡単なんだけどな」
「あいつ最近さぼり気味だから余計にだよ」
「アンチュにもたまには頑張ってもらわないとね。カルナックじゃ強過ぎちゃうし」
「あーあ、最近の強くなった俺、お前に見せたいんだけどな~」
カルナックはカシムにジャーファルとの親しさをアピールするように、後ろから、ギリギリ友情程度に抱き着く。
それでも漂う妙な雰囲気。
子供同士のじゃれ合いと割り切り、カシムは苦々しく見て見ぬふりをするしかなかった。
とりあえず勝っているものの、三人も相手にするとアンチュは音を上げ始めた。
ジャーファルはそれを無視しようとしたが、一団の中に知った顔を見つけると、アンチュに戻ることを許可した。
左翼将を解任したヌーマンとその取り巻き達だ。
バキルに合図をし、配下に彼を広場に出させた。
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