2-8.ジャーファルの軍

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 数日後、西宮で昼食会を行う。  中央宮ほどではないにしろ、広間では広すぎるため、十人程度で食事が出来る部屋を新たに用意させた。  テラスのあるその部屋は、以前もそう言った目的に使われていたことを伺わせた。  放置されていた庭園は一応中央宮衛士隊がこの会のために整えている。会の警備も彼らに任せている。  参加者はジャーファルとその近衛、副官カシム、バキル博士、彼が特に推すターミルとマジュドという二人の男も参加させている。加えて早々に情報部を任せたサイード、そして怪我がいまだに痛々しいヌーマンとその部下となったクタイバもいる。  共に食事はしないが警備代表のルアイ、侍女頭のニルミンも話を聞ける位置にいてもらうことにした。  衝立にバキルの持参した組織図案をカルナックとアンチュで貼りだす。 「私が長年温めていた案でございます。まさか日の目を見る日が来るとは…」  バキルは涙腺を緩ませながらその図を愛おし気に見つめた。  以前の組織は将軍の下に、南方を任せる右翼将、北部を任せる左翼将、それ以外を担当する副官がいるだけの非常にシンプルなものだった。敵がはっきりしているエルジアを守るにはそれで十分だったというのもあるのだが。 「南方進攻は懐柔という方向です。戦場として騒がしくもなく、新たな交易を生み出しており、西方からの襲撃にもうまく備える形が出来ております。これはディルガム前将軍の功績でしょうな。」  今や罪人となった彼だが、バキルは苦い顔をしながらも彼を誉めた。将軍に付く前から十年南方戦線を任されていた男だ。  その反面、北部の至らなさを酷評する。 「こちらも朱やノーザンドとの交易路で潤うはずなのですが、北方騎馬を抑え込め切れず、北部砦の守りのために何度も中央軍の派遣が行われています」 「ここ数年を調べましたが、虚偽と思われる報告も多いです。軍が交易民から不当に利益を搾取していたという噂もありました。…これは、噂ではない可能性が高いです。エルジアを避ける交易路があることがその証明になるかと」  サイードもこれまでに調べたことを付け加える。  元左翼将のヌーマンは下を向いたまま、食事が喉を通らないようだ。  北部の状態は長年の怠慢であり、彼だけが悪いわけではないのだろうが、彼がそれを正そうとしなかったのもまた事実だ。  体勢を変える気がない。これが軍の傾向なのだろう。軍に限ったことでもないかもしれない。  彼に代わってなんの経験もないヤークトに北部を任せたのも改革なんてものではないはずだ。 「今、北部に駐留している中央軍は戻せるのか?」  ジャーファルが問うとバキルとサイードが顔を見合わせ、苦い顔をする。  サイードが口を開いた。 「…北部とは現在連絡が出来ない状態です。おそらくディルガム前将軍が撤退する際に情報網も撤去したのではないかと…」  まるで北部を孤立させるような状況になっていたのだ。  改革どころか、ヤークトを戻さないため。  ディルガムの個人的な策謀なのではないか。  口が利けなくなってしまったジャーファルに変わってカシムが口を開いた。 「つまり、北部は状況不明で、今はどうにもできないってことっすか?」 「そういうことです。早急な情報網の再構築が必要ですが、我が一族も人手がなく…また、以前はどのような情報網だったのかも記録がありません」 「長年、同じ一族が牛耳ってきた弊害…おっと、失言でございました」 「…いや、先生の言うとおりだよ」  バキルの作った組織案には既に三副官という定義はなく、将軍の下に参謀省と衛士隊があり、参謀省の下に情報部、内務部、兵部、工部がある。  将軍直属の部隊がすべてを掌握する形だ。  兵部の下が南方軍、北部軍、地方管制、中央統制となっている。  以前は右翼将と言えば将軍直下のナンバー3的なポジションであったが、バキルの考える組織では将軍の下の参謀省の下の兵部の下にある大隊の代表でしかない。 「…今南方にいる右翼将が怒り狂いそうっすね」 「ヌーマン、イスハークは怒り狂うような男か?」  帰還は緩く命じているがまだ戻っていない右翼将は同じローダアヴァジーラ一族の者である。ヌーマンもこのような大規模な組織変更に覚えがなく、ジャーファルの問いかけにも下を向いて声が出ないらしい。  徹底的に叩きのめされたのが利いたのか随分大人しくなってしまったようだ。  彼に変わってサイードが報告する。 「南方の情報網はそのままですので連絡は来ておりますが、ディルガム前将軍が右翼将の頃の方針と変わっていないようです。…ただ、これも正しいと信じていいかはわかりません」  北部のあり様を見ればサイードの意見はもっともだろう。  こうなると本当に、ディルガムは地位を利用した策謀を企てていたとしか思えない。
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