2-9.交わる人生

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「一族と言えば…右翼将は戻ったのですか?」 「まだです。西岸砦の目途がつかないとか。でも実際にまだ南方をどうすればいいのかわからないので、とりあえずイスハークが戻るのを待っててもいいかと思っています」 「そうですね…。もう外政は防衛だけに徹するべきです。世界には侵略していい土地などないのですし、内製もまともにできていないのに領土を広げても何の意味もありませんからね。エルジアは交易の中継地であるのをいいことに、それに胡坐をかき過ぎてしまったんですよ」  情報将サイードの言葉を思い出す。北部にはその交易民を不当に扱っている者達がいるのだ。略奪まではしていないだろうが、そこまで行ってしまったら騎馬民族と変わらない。  それこそ遊牧民どころか、朱やノーザンドといった大国に攻め込まれることになる。 「北部とは連絡取れましたか?」 「いえ、サイードが頑張ってくれてますが、まだ…」 「…国内産業といい、今までのツケという感じですね…」  情報の整備を急務としたため、サイードは今激務に追われており、中央都を離れて仕事をしていることも多い。彼自身が張り切ってやっているので任せているが、線の細い彼のこと、過労で倒れやしないかと心配でもある。  彼とはもっと話をしたいのだが、あの昼食会以来、顔も見れていない状態だ。  だがもし北部戦線が崩れているのであれば周辺の都市から救援要請が来てもおかしくない。命がかかっているのだから情報網の有無に関係なく闇雲に早馬でも走らせればいいのだ。それがないだけでも、ひとまずは落ち着いていると取ることが出来る。  アクバルは食の進まない妹を上目遣いに見る。 「…ヤークトは、あなたが将軍になったことをまだ知らないんでしょうね」  知っていたら飛んで帰ってきそうな気もするし、それよりもディルガムの凶行に激怒するだろう。  でも、ジャーファルの思うその彼の姿は正しかったのだろうか。  自分が今、彼への想いを疑っているように、彼も実際のところ子供の自分をいいように操れればよかったのではないか。  そうだとして何のために。  ムスラファンの手先でもない限り、彼には自分を操る理由などない。  愛している。  何度も摺りこまれるように言われた声は色褪せることなく、今もジャーファルの体を疼かせる。  彼の言葉に嘘はない。  疑っているのは自分の気持ちなのだ。  夜遊びを覚えたアンチュが間もなく、友達になったという女を連れてきた。  とてもアンチュと気が合うとは思えない派手で安っぽい煽情的なドレスに厚い化粧、それもそのはず、娼館の踊り子だった。  ただ大人の女のように見えたが、実際はアンチュと同じ十四歳、幼い頃に親に娼館に売られたそうだ。  今はまだ余興だけだが、十五歳になったら客を取らされるらしい。  化粧を溶かしながら目の前で泣く少女に、ジャーファルは自分がいかに恵まれているかを思い知らされる。  男として生きることを強いられても、だから得られたものも多い。  その得たものに対し責任を取るのは当然なのだ。  多くの人の人生に触れ、自分はこのまま、兄を助けながら男として生きる方がよいのではないかとジャーファルは思い始めていた。  他者にそうやって生かされるのではなく、自分自身が選んで進む道として。  誰もがジャーファルが前に進むことを喜んでくれる。でもそのたびにヤークトへの気持ちが未だ自身の奥底にこびりついているのだと思い知る。  また会ってしまったらどうなるのだろう。  それが怖くて向き合うことができない。
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