2-9.交わる人生

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 夕方がカシムとのパリィの散歩の時間になってから、少し前までその時間共に鍛錬に励んでいたカルナックは日を追うごとに機嫌を悪くしていた。  彼はジャーファルに対する好意を隠していないので、ジャーファルが相手をしないことに怒っているのはわかる。だがどうしようもない。  ニルミンも自室に戻り、ジャーファルは一人自室で寝る準備を整える。  ふと庭に続くテラス側を見るとカルナックは一人、逆立ちしながらジャーファルの部屋の中をちらちら気にしつつ、うろうろしている。逆立ちで。アンチュほどではないにしろ曲芸である。  ジャーファルが部屋を抜け出さないか見張っているようだ。    ジャーファルから窓を開けると、彼は逆立ちをやめ、掌についた砂を払った。 「カルナックも遊びに行っていいんだよ」  アンチュは先日の娘といい、娼館を巡って踊り子に会っているらしい。彼女も踊りが好きなので趣味仲間を集めているのかもしれないが、娼館という場所柄、奇異な目で見られていそうだ。その点カルナックは年齢的には一応ギリギリ成年男性である。娼館に出入りしていてもおかしくはないが。 「お前以外に興味ないし」  急激に顔を近づけられ、ジャーファルは彼を押し戻す。 「やめて!」 「なんで?おっさんだったら喜んで飛びつくのに?」 「そんなのっ…!」  わからないとも言い切れなくて、なおもジャーファルを抱こうとする腕を拒む。  少し前ならジャーファルの方が力が強かったのに、いつの間にか腕を突っ張って距離を作るのがやっとなほどカルナックの力は強くなっていた。  何度も強引に引き寄せられ、唇同士が触れる。無意識だろう、ジャーファルの目から涙が落ちた。  それにはカルナックも慌てて離れる。 「…俺じゃ駄目なのかよ…」 「…わかんない…」  カルナックのことは好きだ。ジャーファルが一人になってしまったときに、真っ先に傍に来てくれた。あの時にどれだけ嬉しかったか、彼とアンチュにはアクバルのものに似た親愛を持っている。  でも男として迫られると恐怖が勝る。カルナックの力が強くなっているのはわかるが、今でも喧嘩をしたら負ける気がしないにもかかわらずだ。  呆然と涙を落とす想い人に、カルナックは金色の髪を乱暴にかき混ぜ蹲ってしまった。 「…いつまで待てばいいの?」 「……」 「俺、そろそろ我慢できないんだけど?」  カルナックだって、生まれたときから性愛を刷り込んできた男に一朝一夕で勝てるとは思っていない。  外見はどんなに育っていてもジャーファルの内面はまだ育ち切らないこともわかっている。  成長したとしても、女の身で王子とされ、将軍位まで任された彼女に正解なんて誰が指し示せるものでもない。  ただ、そんな彼女を守りたいのもあるが、ヤリたい盛りのカルナックには自身の抑えが利かなくなりつつあるのが一番問題だった。 「…カシムをおっさんの代わりにはしてねえよな?」 「え?そ、そんなわけないよ!」 「じゃあなんで毎日毎日……っ…」 「だって、副官にしたし、よく知ってた方がいいと思って…」 「わかるけどさぁ…」 「それにカシム、強いの隠してるのすごく気になって」 「…強い?俺より?」 「そう思う」 「なんで?!俺はっ…」  顔を上げたところにしゃがんでいたジャーファルの深い胸の谷間があり、前かがみの姿勢だと、大きく開いた夜着の襟ぐりからその先、締め付けるものなく揺れる双球の淡い色の先端まで丸見えになっていた。  カルナックのかろうじて残っていた理性の糸が切れる。 「ジャーファル!!」 「きゃっ!」  襟ぐりを引き裂くように胸を縊りだし大きく柔らかなそこにむしゃぶりつく。ジャーファルの方は押し倒された上に、服に腕を拘束された形になってしまい、押し戻そうにも力が入らない。 「誰だ!!」  庭の垣根の向こうで聞いたことのない声が聞こえ、俄かにあわただしくなった。 「ジャーファル様!」  先ほどの声は衛士隊の一人だったらしい。その隊長ルアイが飛び込んできて、ジャーファルは思わず、覆いかぶさっていたカルナックの何処ともなく思いっきり蹴り上げた。  変な悲鳴を上げて、カルナックが膝をついて前傾に蹲る。  ジャーファルは部屋から出てきたパリィに抱きついた。 「…カルナックか…、あの、ジャーファル様、お怪我は?」 「だ、大丈夫!」    パリィの毛皮で胸を隠すようにしながらなんとか取り繕った。  ジャーファルが女性ということを知らなくても、カルナックがジャーファルに執心していることを知るルアイは大きくため息をついた。 「カルナック、次に王子に対する不敬、また背教的なことをしたら、いくら近衛でもとっ捕まえますよ!」 「俺が何したってんだよ~…」 「重罪なの!意味わかる?!全く、いくら親しいからってジャーファル様は王子で、その方を襲うとか非常識にもほどが…(ブツブツクドクド)」  ルアイの説教は長くなりそうなので、カルナックが絞られている間にジャーファルは部屋にこそっと戻った。
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