2-9.交わる人生

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「んじゃ、次の余興しようぜ!なあカシム」 「何?!」  ジャーファルの背後にいたカルナックが、彼女のソファの横に立っていたカシムの肩に腕を絡める。  カルナックはカシムの方が強いと言われ根に持っているのだ。  今日はアンチュの集めてきた女性たちの実力を見るため、西宮の執務室で室内を想定した模擬戦を行っている。広場ではない。上官たちが集まっているため余計に狭く感じ、天井や柱、家具もそのままで障害物も多い。  幼い頃よりジャングルでの戦闘に慣れたカルナックに有利な場所だろう。  ジャーファルはカシムに相手をするよう命じる。  渋々といった感じでカシムは手ぶらのまま部屋の真ん中に出た。  カルナックも丸腰で、カシムの周囲を歩き出す。    相変わらずカシムは躱すのが上手い。  背後から殴りかかられてもひょいとよけてしまう。  カルナックもよくもそんなところからという位置から攻撃をし、背後から拳を振るったかと思ったら、カフェテーブルの下から足払いを仕掛けた。  カシムもテーブルの下には気が付かなかったのか、来客用のソファに倒れ込んで両手を上げた。 「降参!」  それで納得したのか、そもそもこんな場でのやりあいなどカルナックも余り意味を感じてなかったのか、嬉しそうでもなく、軽く舌打ちしてジャーファルの背後に戻った。 「カシム」 「はい?」  執務室はジャーファルの部屋である。彼女はその自分の席から立ちあがると、間髪入れず、カシムの顔めがけて拳を放った。ソファに押し付けるように体を沈ませ、それを何とか躱した。  彼女の拳には小刀が握られていた。  その掌が開き、両手でそれを頂く。 「ないな」 「何が…で、ございましょう?」 「罰として髭を剃れ」 「は?」  ソファに沈んだカシムを上から見下ろし、笑みを作るジャーファル、だが目は笑っていない。 「そういうの私嫌いなんだよ。なんだ?髪を剃るほうがいいのか?」 「いえ…すんません。…お許しを…髭、剃ります」  ジャーファルはやっとカシムの上から離れ、自席に戻った。  ターミルがおずおずと自分も剃るのかと聞くが、それは否定された。 「ターミルは期待通りだったから問題ない。怪我もさせないよう気遣ってくれたよね。ありがとう」 「もっ、もったいないお言葉です!」  エルジアでは男性らしさの象徴として髭を蓄える者は多い。髭を剃っている者もいるがかなり少数派である。  この上官が集まる場でも髭の無い男はカルナックだけだ。  ただジャーファルにとっては髭の無い顔の方が覚えやすい。  自分に髭がないことのごまかしにもなる。  そうして、夕方のパリィの散歩の時間には、カシムは髭を剃ってジャーファルの前に現れた。  見送りのターミルとマジュドが笑いをこらえている。 「…そういう顔してたんだ…」  カシムはまだ二十二歳である。髭を剃ると確かにそれくらいの年齢に見えた。しかし。 「街でよく見るチンピラかと…っ」  ターミルが良い姿勢のまま、ついに吹き出した。  髭でカバーしていた威厳がなくなり、若さと共に人相の悪さも強調された形である。  鍛えられた体の割に顔の線は細く、神経質そうで、整っていると言えなくもないが、目の下のくまが目立つので、疲れが顕著に見えてしまう。 「髭でごまかしていたのでしょうな。表情ももう少しジャーファル様の副官にふさわしくすべきなのですよ。これは良い機会でしょう」  バキルがため息をつく。  恩師の言葉にカシムは、苦々しい表情を我慢するように唇を結ぶので、ジャーファルも噴出してしまった。  いつも通りパリィの散歩にと西宮を出ると、カシムは安心して苦虫を噛む。 「そのまま反応していいんだよ?私はもっとカシムにいろいろ言って欲しい」 「…自分は、ジャーファル様に遠慮などしておりませんが…」  他の者がいないときは平然とタメ口を利くのに、今日は他人行儀に接してくる。  ジャーファルは振り向きざまに、カシムの遥か背後にいるカルナックとアンチュに目くばせした。  しばらく行くと突然、ジャーファルはパリィが走っていくのとは別の方向に向きを変える。カシムは一瞬迷ったがジャーファルの後を追った。  スピードはそのままで、普通に走っていたのが足場の悪さか、飛び跳ねるような動きに変わる。何か仕掛けられる気配にカシムは走りながら身構えた。背後から飛んできたカルナックのハイキックを寸でのところで躱した。 「てめぇ、背中に目でもついてんのかよ?!」  彼を確かめる間もなく、顔前に迫っていたジャーファルの蹴りを両腕で少し大げさに止めた。その勢いを流した方向にカルナックの肘が待ち構えていたため、ジャーファルの足を持ったまま、仕方なくカルナックの脇腹におかしな蹴りを入れた。それはまるで流した力をそのまま彼に押し付けたようなもので、それほど強い力でもないのにカルナックの足元をふらつかせ片膝をつかせた。  同時にジャーファルも投げ飛ばされ、カルナックの意識は彼女に向くが、ふらついた足元はしゃがんだ姿勢のまま、彼の意識とは別に、さらに縦に一回転してしまう。  カルナックは気が付くと、右腕と左足が彼の鞭で縛り上げられていた。 「…はあぁあぁぁーーー?!」  仰向けに倒された姿勢である。カシムが両手の埃を払いながら立ち上がる。  無事着地したらしいジャーファルが声を上げて笑い出した。 「やっぱり、カシムってすごい強い!そうやって手を抜かなったら髭を剃れなんて言わなかったよ」 「あー…そうっすか!いや、まああの場で本気のやりあいなんざ、もの壊れるだけっしょ?俺ぁ家具壊れんの嫌なんだよ!」  カシムは家具職人の息子である。  そしてカルナックを束縛した結び方も職人の使う技。おそらく簡単にはほどけないだろう。  地面に変な姿勢で転がされることになったカルナックは、パリィの散歩に向かったアンチュに勝手にまかせることにし、ジャーファルとカシムは彼を放って二人だけの散歩を開始した。
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