2-9.交わる人生

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 夕方に西宮を出たが、あたりはすっかり暗くなっていた。  黙ったまま、いつもの散歩コースではない北側に向かうジャーファルに、カシムは大人しくついていく。  荒野の丘を登りきると、宮殿の抜け殻のような小さな建物が見えてきた。 「前はあそこに住んでたんだ」  やっとジャーファルが口を開く。  西宮をぐるりと回って北宮まで歩いてきたことになる。  大理石の骨組みだけの砂まみれのそこは、とても宮殿という佇まいではなかった。  西宮よりも中央宮の方が近いかもしれないが、カシムには隔離された小屋としか思えなかった。  剥き出しの大理石の床にジャーファルは腰を下ろす。視線で指示されカシムもその横に座った。 「…王子の住まいとは思えねえな…」  カシムは間取りからどんな家具が入っていたかを想像するが、ベッドを置いたらそれで終わりなのではないかと思う。  横を見ると、美貌の王子は何処ともない遠くを見ていた。  ジャーファルにとって、以前は出ることもままならなかった場所だが、今はその気があればこうして歩いて来れる。しかもそれほど遠くもない。  何故そんなところにカシムと来てしまったのか彼女にもわからない。  カシムをヤークトの代わりにしようとしている、と、言われたから、かもしれない。  ジャーファルにそのつもりは全くなかった。  自分には人を見る目がない。  ヤークトを否定され、ディルガムに凌辱されかけ、好意を持っていたのは他者から見れば悉く問題のある人物ばかり。しかし彼女にそれを気づかせた人々は、それに答えなどなく、人を見て選ぶしかないのだと教えてくれた。  だからジャーファルは自分の目で見て人を選んだ。  カシムを見た時、強さと共に、周囲に自身を埋没させようとするような妙な空気を感じた。強烈な印象を周囲に放つディルガム、ムスラファン、そしてヤークトとも真逆の性質なのだ。  それが、組織を纏めるにはいい気がした。  だから初対面の彼を副官にした。  何度も話をして、ジャーファルは自分の選択の正しさを感じ始めている。  彼にヤークトの役割は求めていない。出来るわけがない。  少しずつ、もうヤークトに守ってもらわなくても、様々なことが出来るようになっている実感がある。  だから彼の傍に戻ったとき、その何もかもがなくなってしまいそうな気がして、怖くて、彼を呼び戻すことが出来ない。  それでも。 「それでも…ここに住んでいた時は、幸せだったんだ…」  声が僅かに震える。  風で巻き上げられた砂のせいにするようにジャーファルは目をこすった。
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