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ジャーファルは頭がまとまらず、夕食の席でまくし立てるようにアクバルに話をする。
部下の前では冷静なふりをしていたが、兄の前では取り繕えない。
アクバルは妹の話が終わるまで黙って聞いていた。
カトラリーを握ったまま息を切らしながら話すジャーファルが落ち着くまで黙っていた。
まるで西方の貴族のように、目の前に並べられた食事をフォークとナイフを使って切り分け、優雅に口に運ぶ。
いつものアクバルの所作である。毒の話をされてもまるで動じていない。
アクバルの食卓に並ぶのはシズィーラダームーン家の用意した料理人によるものであり、その家の姉妹が侍女として運んでくる。その間は同家に仕える衛士が常に見張っているのだ。
アクバルを毒殺するのは王よりも難しいだろう。
兄の落ち着いた様子に、ジャーファルはやっと自身の醜態に気が付き、前のめりの体を正し椅子に座り直した。
それを確認して、アクバルは話し出す。
「まずは確かなことだけ確認しましょう。毒は昔あなたが盛られたものと同じだったのですね?」
「はい!それは間違いありません。あの臭いは…忘れません」
「…あの時の毒は市販薬なんですよ」
「毒がっ…売られてるんですか?!」
あの当時はまだジャーファルも幼く、回復までに間が開いてしまったため共有しそびれていたことだ。
もちろん毒として公に売られているわけではないが、少し金を積めば誰にでも入手できるものらしい。
だからこそ毒から犯人の特定が出来ないのだとアクバルは続けた。
また同じ毒だからと言って六年前と関連があるとも言えない。
「ですが、今回も実行犯は女性なんですよね」
ジャーファルのときは、彼女自身は意識していなかったとしても、ヤークトの妻という素性のはっきりした女性だった。今回はほぼわからないに等しい。女性を使うのも毒同様そういったごまかしかもしれないが、だからと言って自害までするだろうか。
女性が蔑ろにされる傾向があっても、自分の命は誰にも等しく一つだけだ。本来責任を負わされない立場の女性だからこそ、そこに何かしらの強い信念があって行われたのだと感じる。
そういう意味ではあながちアンチュの言った心中というのもあり得ない話ではない。女性には自分の死もまた目的だったということになる。
そして彼女を引き取る者がいない。
紹介元の状態から勝手に名前が使われた疑いまである。
「サイード自身のことを調べるべきかもしれません」
忙しく飛び回っていたため、ジャーファルも彼とはまだあまり話が出来ていないのだ。
上官たちはバキルも含めて全員信用している。信用したいという気持ちかもしれない。信用はしていても彼らが誰からも恨みをかっていないということにはならない。
だからカルナックしかつけられなかった。
もっともカルナックを付けたのは他の理由もあるが。
「…引っかかりますかね?」
「……兄上はお見通しなんですね…」
「それは僕が………いえ、止めておきましょう。誰が聞いているかわかりませんし」
「ここでそうなんですかぁ?」
ジャーファルは行儀悪く卓に突っ伏してしまう。
上記の通りアクバルの部屋は王宮で最も強固な場所でもある。なのでそれは冗談だとわかっているのだが。
ジャーファルは突っ伏した頬を冷たいテーブルクロスに擦り付ける。
「問題は、ヤークトですね…」
「…はい…、っ、伯父上…ディルガムに話は聞けませんか?まだ処刑されていませんよね?!」
「何を聞くつもりなんですか?」
他にもう頼るあてもなく出した名だが、果たして彼が自分にまともに答えてくれるのか。
結局、ディルガムはジャーファルにとって一番よくわからない存在になってしまった。
一族を出し抜き欲のために邁進するムスラファンの方が、理解は出来ないがよほどわかりやすい。
そして今ディルガムと話をするのであれば、その身柄を抑えている彼を通さなくてはならない。
まるでジャーファルの心の内が見えるように、アクバルはさらに続ける。
「ヤークトの問題ならばむしろ実の父親であるムスラファンを訪ねるのが筋ではないですか?」
ヤークトが北部で何をしたのかはまだわからない。だが彼は消えた。肉親にそれを伝えるのはごく普通のことだ。
彼が息子をどう思っているかは別として。
ディルガムに会わないとしても、ムスラファンを避けて通ることは出来ない。
彼とは表面上は和解したようになっているが、実際の関係は改善していない。今は新しい軍の立て直しで、一時的に協力体制を敷いているだけなのだ。
将軍を拝命したときに意を決してムスラファンと話をした。
その時にはアクバルについてきてもらった。むしろアクバルとムスラファンの会談にジャーファルが便乗させてもらったと言うべきだろう。
あの時は、大きなことを語るムスラファンを笑顔で論破するアクバルを見て、ムスラファンに対する苦手意識が引っ込んだ。
今度はジャーファルだけで会う。
しかもヤークトの話で。
「…もう少し考えます…」
怖いだけじゃない。
どう話せばいいのかわからないのが辛い。
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