2-10.毒殺事件再び

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 マジュドとの話はムスラファン攻略についてである。  軍務官の職務は端的に言えば中央宮における軍の代弁者である。軍関連の行事についても王が関係する場合は軍務官が取り仕切るのが通例だ。侵攻の報告なども将軍が直接王に伝えることはない。  ジャーファルの祖父の時代は個人的に王と仲が良かったため、報告も必要ないどころか共に戦地に出ていたほどだ。  政治に直接かかわっていないため、王自身が軍に興味がないと置く意味もないような官職である。  今もそうなっているのかもしれない。  ディルガムの代になると、軍務官ムスラファンと将軍があからさまに仲違いする関係となり、その頃ムスラファンが声高に叫んでいたのは軍の現状を把握しないままの軍組織の拡充策だった。  その相手が現宰相のシズィーラダームーンだったため彼の意見はたたき伏せられていた。  また軍の報告などもまともにしていなかったのだろう。  もしかしたらそのことが、自ら侵攻に参加していたほど気力旺盛な大王から軍政に関する興味を削いでしまったのかもしれない。  その証明のように、最近は大王の権勢を感じる機会がまったくない。  まだ子供の第二王子をあっさり将軍にしたことからも、もはやどうでもよいのではないだろうか。  ムスラファンもまた、いがみ合っていたディルガムを引き摺り下ろせたことで溜飲が下がったのか、王子相手に公に嚙みつくわけにもいかないのか、急に大人しくなった状態である。  それが許されるのは国が戦争をしていないからだろう。  つまり平和なのだが、エルジアはその立地から長く平和が続かない国でもある。  マジュドが自ら皆に茶をふるまってくれた。エルジアの作法に則った美しい所作とその暖かな味に、難しい話をしようとしていた緊張が解ける。 「アクバル様のお灸が利いたのかもしれませんね」  将軍に任命されたての頃、兄の供であればと初めてムスラファンとまともに話をした。  ムスラファンは、ジャーファルはともかくアクバルにさえも敬意など持っているか怪しい男だが、さすがにアクバルの衛士団は無視できなかったのだろう、おとなしいものだった、と思う。  マジュドには将来的に軍務官を務めてもらうつもりでいるため、その時の話もしている。  ムスラファンが軍の拡充と北への侵攻をうたっていたことは中央では皆知っている。彼が北部を仕切る左翼将だったためだと多くの者は思っていたが、彼の野望はもっととんでもなかった。  北方の大国ノーザンドの征服である。  ノーザンドは広大な領土を持っているが、エルジアから見れば歴史の浅い新興国であり、東方帝国の朱が手を出さない土地を棚ぼた的に併合できたため大国になっているだけ。彼だけでなくノーザンドとさほど接点のない多くの国がそう思っている。  なのにその国は毛皮や獣肉、木材といった領土を生かしたものどころか、近代化に向かう国々が欲して止まない貴重資源まで輸出し、西方相手に荒稼ぎしているのだ。  その対価で芸術品や技術を買いあさり、一気に大国にのし上がった。  資源の少ないエルジアが欲するのは当然だろう、と、ムスラファンはアクバルの前で息巻いて見せたが、寒さに慣れないエルジア人ではノーザンドに入った途端に全員死ぬともっともな意見で返された。  広大な領土にはそれだけの理由がある。そもそも領土は広くても人口はそこまで多くない。実態は一部の貴族が潤うだけで、人が住むには難しい国なのだ。農作物の輸出がないのはその何よりの証拠だろう。  少ない国民を冬将軍の矢面に晒しながら強引に搾取しているに過ぎない。  内乱が多いとも皇帝が何度も暗殺されているとも聞こえてくるのはその証明だろう。帝国を名乗っていてもきな臭い国だ。  暗殺されることを望んでいるのかと問い詰められればムスラファンも黙るしかない。  アクバルのすごいところはそうやって完膚なきまでに論破した後で、相手の意向をくまなく聞き出し、最終的には当たり障りないところで褒めちぎり、結局相手をいい気分にして見送らせるところにある。  そのついででジャーファルの軍部への協力もあっさり取り付けた。 「そのアクバル様が今回は同席してくださらないのですよね」 「だからマジュドに同席してほしいんだ」 「それはもちろん。しかし同行者はどうなさいます?今は大人しいですが油断ならない男かと思いますよ。私、荒事は…遠慮させていただきたいのですが…」  サイードも痩せぎすだったが、マジュドも武術に優れているようには見えない。  ジャーファルは考える。結局今自分の配下で腕が立つと言うと限られている。 「カシムとターミル?」 「俺がいるじゃん!」 「圧力をかけることが必要なんだよ。カルナックは…」  彼らの競技会の時に、ムスラファンが憎々し気に見ていたのを思い出す。それがジャーファルの成人が早まった原因でもある。  神経を逆なでしてしまうのではないだろうか。  カルナックはジャーファルが途切れさせた言葉の続きをせがんだ。 「何?」 「い、いや…カルナックは…」 「俺はお前の近衛だ!絶対離れないからな!!」  マジュドの目など気にもせずカルナックは後ろからジャーファルを抱きしめた。  ノリノリでアンチュも便乗してきたが、彼女はマジュドが止めた。 「あ…アンチュは遠慮してください。彼はどうも女性に対する目が厳しい気がするのですよね。会合の場に堂々女性がいるのはどうも…」 「うん、私もそう思う…」 「俺は絶対一緒に行くからな!」 「エー!エー!アンチュモー!!」  二人に揺さぶられながらジャーファルはため息をつく。  アンチュはカルナックの便乗だが、カルナックはカシムへの嫉妬もあるに違いない。  将官二人を連れて行くのもムスラファンの神経を逆なでするのではないか。マジュドも苦笑いだ。 「カルナックがいればいいかな。私も気を付けるし」 「それは…、まあ、…おいおい考えましょうか」  カルナックはやっとジャーファルから離れた。アンチュもついでに引き離す。
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