2-10.毒殺事件再び

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 マジュドはどうしても荒事の懸念が払えないらしく、他の手として当然の者の名を挙げた。 「ジャーファル様には衛士隊がいるではないですが。ルアイ殿なら適役でしょうに」 「ルアイ弱いし」 「え…、衛士、ですよね?」  カルナックが吐き捨てるように返され、マジュドはそれでいったん黙ってしまった。  衛士は要人を守る強者のイメージだが、ルアイの場合はせいぜい門番で、武術は最低限程度なのである。  鍛えられているのは高家に雇われている衛士だろう。アクバルの衛士団は代々誇りをもって当家に仕えていると聞いている。  ルアイは王子付きとはいえ中央宮管轄なので、軍以上に鍛えられているということはない。 「サイードも衛士崩れって聞いたけど、似たようなものでしょ?」 「いえ、サイードは徴兵以降ずっと軍属ですよ」 「え?」 「確かにお父上は北宮に務める優秀な衛士だったとか。ですがハレムはもう三十年も前に取り壊されております。私どもが子供の頃です」 「…アレ?サイドンエイシノフクキテタヨ?」  アンチュの言う通り、ジャーファルが初めてサイードを招いたとき、彼は北宮に仕える者の纏う焦げ茶の衛士服を着用して出席していた。服に興味があったのか、彼女はよく覚えていた。  マジュドがああとため息を漏らす。 「お父上の形見だそうです。再度の栄達を願っていたそうですが、何年か前に亡くなられたとか」 「ルアイはサイードの父上とサイードを間違えていたのか…」  彼を随分年嵩に見ていたのはそれだろう。  その上、サイードの家は代々長男が『サイード』の名を継ぐらしく、本人もよく間違えられると笑っていたそうだ。  こうした親子間の名の継承は、エルジアではそれほど珍しくない。  マジュドも親しいとはいっても激務だったサイードからそれほど話が聞けたわけではなく、しかし知っていることはジャーファルと共有してくれた。  大した内容ではないのだが。  中央都には軍にいる親族がいるくらいで、他の親戚は故郷にいること。女性には縁のない生活だったこと。  家が没落しなければ妻を娶ることもあっただろうが、女性に選ぶ権利がなくてもやはり強靭な男性がもてるお国柄なのである。  それをひがむでもなく、淡々と仕事に徹していたということだ。  女性に恨まれるような男ではない。  その彼が何故侍女に毒など盛られなければならなかったのか。  彼と親しかったであろうマジュドにも、何かの間違いだとしか思えない。 「…さもなければ、ジャーファル様に対する見せしめではないかと…」 「見せしめ…?私に何を見せる必要があったの?!」 「いつでも命を狙えると思わせるとかでしょうか。こう言うのは情けないですが、あの場で最も軟弱なのは私かサイードだったと思います」  バキルもそうだろう。  しかし多くの生徒から慕われている彼やマジュドに、もし何かあれば大騒ぎになる。  その点サイードなら元々閑職にいたし、少ない一族が近くにいるのみ。現に彼がいなくなっても騒ぎが起きているということはない。その唯一騒いでもよさそうな一族ごと故郷に帰ってしまったのだ。  北の情報を知らしめたくないのであれば全く意味をなしていない。  単純にジャーファルにダメージを与えたかったのか。  だったらアンチュでも狙う方がよほど効果的ではないのか。  ジャーファルの軍が邪魔だというのならあの場にいた全員に毒を盛るだろう。  侍女は給仕をしていた。一人に盛るのも全員に盛るのも変わらないはずだ。 「ビミョーネー」  そのアンチュの言う通り、何かの見せしめであれば、それが強く伝わらなければ意味がない。
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