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やっとの思いで子供を寝かしつけ、仕事へ向かう晴くんを見送る。
『佐江子、カクテルの新作出来たんだよ。今度佐江子も飲んでみてよ』
『え……、お酒はちょっと』
今は飲む気分でも、飲める状態でもない。この前も、夜中に子供が咳き込んで苦しそうだった時、晴くんは全然頼りにならなかった。だから、あたしが車を運転して病院へ連れて行った。仕事だから仕方ないと言われればそれまでだけど。
『絶対美味しいからさ』
結果、大事に至らなく無事に帰ってきたら、そんなことがあったことさえも仕事をしていて、晴くんは覚えていなかった。
きっと心配してくれていたんだと思う。晴くんは優しいから、悪気なんて微塵もなかったんだってわかってた。分かってたけど。
『大変だったね』と笑う晴くんのことを、あたしが許せなかった。
湧き上がってきてしまった感情が溢れてしまうのを止められなくて、言葉にしていた。
『晴くんはいいよね。自分の好きなことして毎日楽しそうで』
刺のある言葉が、晴くんの顔を歪ませた。はっとしてから、あたしはすぐに目を逸らした。
『佐江子は、何かしたいことある?』
『……あたしの夢は、ずっと前から一つだけだよ』
『……うん……そう、だよね』
晴くんのことを見れなかった。だって、今更そんなことを言ったって、叶えられる訳がない。だから、つい口にしてしまっただけ。
『いい。あたしのことは気にしないで』
あたしの言葉に、眉を顰めた晴くんは何も言わなかった。
晴くんを困らせたりはしたくないのに、出てきてしまった本音。あたしはその夢を絶対に口にはしないと決めていた。
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