愛の涙

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愛の涙

「これはどうしたらいいのかな?」 「きゃはっ、あーぶー、きゃははっ」   それは遠いようで僕にとってはわりと近い記憶、その記憶の中で君は薄茶色の髪に金色の瞳を持った、とても小さな赤ちゃんだった。そう僕が偶々魔の森を歩いていた時に、その入り口近くで見つけた君は捨て子だった。僕は最初はこの人間の子をどうしようかと迷ったけれど、君がとっても可愛いらしい笑顔を見せてくれたから、僕は君を拾って名を与えた。それはファム、女性だという意味の名前だった。君が女の子だったからつけた名前だけど、僕としてはなかなか気に入っていた。  僕は名前はアーベント、魔の森の奥に住む黒色のドラゴンだった、人間の姿をとる時には黒い髪に紫の瞳の青年に僕はなれた。僕たちドラゴンは普通なら人間の子どもを拾ったりしない、何故なら普通のドラゴンは弱者にほとんど興味がないからだ。ドラゴンは強さを求めて生きる種族だった、できる限り強くなって同じような強者のドラゴンと交尾し、次世代への子どもを残すという生き物だった。 「毎日、母乳を貰いに行くのも大変だなぁ」 「あー、あー、きゃはっ」 「よしよしファム、今日も君は良い子だね」 「あーう、うぅ、きゃきゃ」  そんなドラゴンにも変わり者がいる、例えば僕のような大人しいドラゴンだった。強さにあまり興味がなくて、メスのドラゴンは嫌いではなかったが、命を賭けて争ってまで欲しいとは思わなかった。それに僕には発情期がなかなかこなかった、ドラゴンは好きなドラゴンができたら発情期がくることが多い、他のドラゴンにほとんど会わない僕には程遠い話だった。  そんな僕は人間の赤ちゃんであるファムを育てていた、男性である僕には母乳が出せなかったから、近くにある町や村に通っていた。そう近くの村や街で子どもが産まれた女性がいたら、僕はその人にいくらかのお金を払って、ファムに母乳を飲ませてくれるように頼んでいたのだった。ファムがたっぷりと母乳を飲むことができたら、次はげっぷが出るまで抱いたまま君の背中を優しくさすって、僕は君をあやすことにしていた。 「ひっく、ひっく、うぎゃあああぁぁん!!」 「ああ、ファム。おしめかな? それともお腹が空いたのかな?」 「…………ひっく、ひっく」 「ああ、抱っこして欲しかっただけなのか」  ファムは育てやすい子だったが、やっぱりまだ赤ちゃんだったので泣くことがあった。その理由はおしめを替えて欲しいだったり、お腹が空いただったり、ただ抱っこして欲しいだけだったりした。初めのうちはファムがどうして泣くのか僕には分からなかった、だがだんだんとファムの世話をしているうちに、ファムがどうして泣くのか分かるようになった。  ファムは抱っこして体をゆらゆらして貰わないと眠れない子で、そうやってあやして眠ってくれてファム用のベッドに寝かせても、ゆらゆらと体をゆらして貰えないとまた起きて泣き出してしまうことがあった。その為に僕は短い睡眠しかとれなかったが、元々何があるのか分からないこの世界では、ドラゴンは短い睡眠しかとらない種族だった。だから僕にとってはファムを抱っこして、そうしてゆらゆらと揺らして眠らせることは苦にならなかった。 「あーうー?」 「ああ、ファム。お外は危険だよ」 「あい!!」 「はい、まだファムはこの洞窟からは出ないでね」  ファムは半年も過ぎると活発に動くようになった、僕は縄張りにある魔の森の洞窟で暮らしていたが、ファムの為に洞窟の中に大きな絨毯を敷いておいた。それからその絨毯を囲むように柵も作った、ファムをペットのように閉じ込めるみたいで嫌だったが、そうしないとファムは僕が目を離した隙に転がって逃げ出そうとした。  ファム本人は外への冒険に行きたいみたいだった、でもそれはまだあまりにも早かった。この洞窟は僕の縄張りだったから安全だったけれども、外の世界には危険がいっぱい溢れていた。だから僕はこの小さな冒険者さんを柵の中に閉じ込めておいた、ファムは分かっているのかいないのか、柵の隙間から不思議そうに外の世界を見つめていた。 「はい、ファム。ご飯の時間だよ」 「やー、やー!!」 「ファム、沢山母乳を飲まないと大きくなれないよ」 「あー、あー、やー!!」  ファムは人見知りをするようになった、これはちょっと困ったことだった。僕は相変わらず母乳を貰いに人間の街や村に出かけていた、だがファムは僕以外の人から抱かれるのを嫌がるようになった。だから僕はファムをできるだけあやして機嫌を良くしてから、ファムの食事である母乳を飲ませてくれる人間に預けた。  僕はファムが人見知りをするようになって苦労した、でもそれはファムが僕に懐いてくれているということでもあった。僕はファムと信頼関係が築けたような気がした、それは僕の気のせいだったのかもしれない、でもその頃のファムは僕にだけとても懐いてくれた。それで苦労することもあったが、僕は僕だけに懐いてくれるファムのことが可愛くて仕方なくなった。 「はい、あーん」 「あーん」 「うん、よくできました」 「あーい、きました」  僕が拾ったファムはどんどん大きくなって、あっという間に普通のご飯を食べれるようになった。最初は柔らかいものしか食べれなかった、そんなファムのために僕は自分の住処に台所を作った。そうして毎日ファムの食事を手作りしていた、ファムは大抵は素直に言うことをきく子どもだったが、時々食べ物で遊びだして食べてくれない時には困った。  そしてファムのおむつがとれた時には僕は嬉しかったものだ、ファムが元気に育っている証拠だったし、それに何より排泄物を片付ける手間から僕は解放された。でもファムは育てやすい女の子だった、何でも教えれば覚えるのも早かった。だから僕はファムを小さい頃から教育した、ファムが良いことをしたら僕はファムのことを必ず褒めた。 「ドラゴ、ひゃー!!」 「ああ、ファム。空を飛びたいのかい?」 「ひゃー、ひゃー!!」 「そうだね、そろそろ縄張りの見回りに行こう」  ファムは僕が人間からドラゴンの姿に変わっても怖がらなかった、僕はファムをしっかりと柔らかい布でドラゴンの姿である背中に固定して、そうして縄張りの見回りをしていた。これはドラゴンとして縄張りを主張するために欠かせない行動だった、今まではファムを僕は落とさないように手の中に入れて飛んでいた。  でもファムはそれでは満足できないようで、一度だけ僕の背中に乗せて空を飛んだら、それをとても気に入ってしまった。だから僕は何度も縄張りの見回りをするようになった、別に用が無い時でも空を飛ぶようになった。ファムは無邪気に僕と空を飛んで喜んでいた、僕は空を飛ぶ度にファムが落ちやしないかと、実は毎回ハラハラしていたのにファムはそれに気づいてくれなかった、そしてファムは僕と空を飛ぶことを止めなかった。 「あれはなゃに?」 「ああ、あれはデビルベアだよ」 「どうして、デビルベアなの?」 「え!? どうしてだろう? どうしてだろうね。ファム」  ファムは言葉をよく話すようになると質問魔になった、あれはなに?とか、どうして?とか、なんで?という質問がとにかく増えた。ドラゴンは嘘が基本的に嫌いだったから、僕はファムになるべく誠実に答えるようにしていた。そうしてファムから改めて質問されると、僕にもどうしてだか分からないことが沢山あった。  僕は今までは何も疑問に思わなかったのに、ファムにどうしてと聞かれるようになってから、世界のいろんなことを不思議に思うようになった。そうしていろんなことを考えるようになった、ファムは世界が不思議に満ちていることを僕に気づかせてくれた。僕は当たり前だったはずの世界が、ファムに質問される度に新しい世界に見えるようになった。 「いや!!」 「えっ!? ファム。お洋服を着ないと寒いよ」 「いやったら、いや!!」 「でもお洋服を着ないと寒いし、怪我をするかもしれないよ」  ファムは何でも自分で意欲的にするようになった、同時に上手くできないときにはいやっと言い出した。こうなるとファムは頑固さんで逆に僕は気が長くなった、いやいやと言っている時のファムは言うことをなかなか聞いてくれなかった。でもそんなファムも僕は可愛いかった、だから気長に僕はファムと話をするようにしていた。  そっか、そうだねと言ってファムの言うことをきくこともあった。なかなか言うことを聞いてくれない時にはファムを抱きしめたり、頭をなでなでしてあげるようになった。ファムが自分で何かをすることは良い事だったし、そうやって自立していくことはファムには必要なことでもあった。だから僕はのんびりとファムを育てていった、ただお洋服を着ることを嫌がってファムがくしゃみした。その時だけは僕はファムが風邪を引かないように、慌ててファムを毛布でくるんでぎゅっと大切に抱きしめた。 「アーベント、歌って!!」 「いいよ、今日は何を歌おうか?」 「いつもの、子守歌!!」 「いいよ、ファム。どうか、お休みなさい。大きな世界の力に帰るまで、緑の木々に守られて、多くの精霊が見守る、豊かな森に感謝して、そう優しい風が頬を撫で、光が僕たちを照らすなか、そう安らかにお休みなさい。僕の愛しい者たちよ、もう誰も貴方たちを傷つけることはない……」  僕はファムにねだられて子守歌を歌うことがあった、これは大いなる種族に伝わる子守歌だった。ファムが赤ちゃんの頃から眠れるように僕はこの曲を歌っていたし、ファムのお気に入りの曲でもあった。でも少しだけ大きくなって元気が良くなったファムは、僕の歌に合わせて踊り出すようになった。ぴょんぴょんと大きく跳んだり、いきなり走りだすこともあった。  だから僕はファムが逃げ出せないように高い柵を、今度は洞窟の入り口にだけ作った。この僕の縄張りである洞窟は安全だった、それから僕はファムが転んでもなるべく怪我をしないように、洞窟の床を平らにして柔らかくしておいた。時々ファムは転んで土で汚れたが、怪我をすることはあんまりなかった。もちろんファムが怪我をした時には、僕は泣き出してしまうファムを抱き上げて、傷口を洗ってから回復魔法で治した。 「それじゃ、ファム。今日は人間の勉強をしよう」 「はーい、アーベント」 「ファム、返事はのばしたら駄目だよ。それじゃ人間とは……」 「はい、分かった。うん、うん」  僕たちが生きているこの世界は弱肉強食の怖い世界だった、特に人間はいろんな事で同じ人間ですら差別し、皆で協力しながら自由に生きるということができない生き物だった。ドラゴン族はそれを普通にやっていた、滅多にないがドラゴン同士で協力が必要な時には集まったし、それ以外ではお互いの自由を邪魔することがなかった。  でもファムは僕と同じドラゴンじゃなかった、ファムは人間だったから人間の勉強が必要だった。その為に僕も人間というものを勉強しなおした、人間とは深い愛情を与えることもあれば、残酷に敵を殺すこともある種族だった。ドラゴンよりも人間の方が残酷な生き物かもしれなかった、でも僕に笑いかけてくれるファムはとても優しくて可愛らしい人間だった。 「アーベント、この白パン美味しいね」 「気に入ったかい、ファム」 「うん、とっても美味しくて嬉しい!!」 「そうか、それは良かった。僕もとても嬉しい、ファムが喜んでくれて嬉しいよ」  ファムは嬉しいことがあった時には素直に喜んでくれた、ファムがそうやって喜んで笑うと僕も嬉しくて笑った。ファムは最初のうちから表情が豊かな子どもだった、そんなファムにつられて僕も表情が豊かになった。自然とそうなったのだった、ファムが喜んでくれることは、僕にとっても嬉しいことだったのだ。  そんなファムが元気で強い子どもになれるように、僕は勉強していろんな食事をファムに食べさせた。そしてファムが気に入ったものは覚えておいて、何かファムが良い事をしたときには必ず食事にそれを出すようになった。ファムは好き嫌いせずによく食べて、そうしてとても可愛い女の子に育っていった。 「ねぇ、アーベント。ファムもいつかドラゴンになれる?」 「残念だけどファム、君はドラゴンにはなれないよ」 「ええー!? そんなの嫌!! ファムもアーベントと一緒がいい!!」 「そうは言ってもね、ファム。生まれる種族は選べないんだ、だからファムは人間なんだよ」  ファムは五歳くらいになったら、いつか自分も僕と同じドラゴンになれると思っていた。でもそれはできないことだったから僕はそうファムに教えた、そうしたらファムは地面を転がりまわって怒った。でもそんなファムの小さな怒りも可愛いものだった、血まみれになって戦うこともあるドラゴン、そんな僕からすればファムの癇癪は可愛いらしいものだった。  ファムはどうしても僕と同じドラゴンになれないと分かると泣き出してしまった、そうして僕はファムが落ち着くように彼女を抱きしめてあやしながら考えていた。そう僕はそろそろ人間の街で暮らす必要があると思った。ファムは人間の女の子だったから、人間の世界で生きていく必要があった。それは僕にとっては縄張りを手放すということだったが、ファムの為ならと思って僕は自分の縄張りのことは諦めた。 「ファム、僕と約束ができるかい?」 「うん、どんな約束」 「決して僕がドラゴンだって、誰にも教えない約束」 「いいよ、だってアーベントは私のだもん。だからファムはアーベントがドラゴン、そう言わないって約束するよ」  ファムは僕によく懐いてくれた、赤ちゃんだった頃からファムを連れて、僕は縄張りを飛んで回っていた。この世界は残酷で一時でも目を離したら、まだ弱い子どもだったファムは、それで死んでしまうかもしれなかった。だから僕はファムが安心して暮らせる世界、そう人間の世界に行くためにファムに約束させた。  ドラゴンとの約束は魔法の契約とそう変わらなかった、ファムが僕より強くならない限りこの約束は守られるのだ。ファムはそんなことは何も知らなかった、そうして僕たちは人間の世界に二人でいくことになった。僕はなるべく安全な街を探した、そうして戦争なんてしそうにない安全そうな近くの国、そこにファムを僕は連れていった。 「アーベント、人間の街って本当に人間がいっぱい」 「ああ、そうだね」 「アーベント、大丈夫? 凄く顔色が悪いの」 「人間が多すぎて眩暈がしそうだ、ファム僕の手を放さないで」  そうして僕たちは人間の世界で暮らし始めた、僕は商業ギルドで商人という者になった。だからといって商売をする気はなかった、僕が狩ってくるデビルベアなどを売るために作った身分証だった。僕は最初はあまりにも多過ぎる人間を見て、まるで敵だらけの荒野で戦うような気分になった。人間とは時にとても残酷で、僕たちのような強いドラゴンでさえ倒してしまうことがあった。  ファムは最初は沢山の人間たちに驚いていたが、人間の街で暮らし始めるとだんだんと人間に慣れていった。最初はファムは恥ずかしがって家の外に出れなかった、他の人間を少しだけ怖がってもいた。でも僕がファムを街のあちこちに連れていったら、ファムはだんだんと人間に慣れていった。そして僕が街に借りた家から、同じ街の人間の子と遊びに行くようになった。 「アーベント、私は人間の子どもって嫌い!!」 「へぇ、どうしたんだい。ファム」 「ドラゴンはトカゲだなんて言うの、本物のドラゴンは凄くカッコ良くて強いのに」 「はぁ~、人間にありがちな偏見だね。よくあることだ、僕は気にしないよ」  人間はドラゴンのことをトカゲなどと悪口を言うことがあった、そう言う人間は本物のドラゴンを見たことが無かった。だからトカゲだなどと軽く悪口が言えるのだ、僕が知る限り聖獣でも魔物でもドラゴンより強い者はいなかった。ファムもそれはよく分かっていた、ファムは僕のことが馬鹿にされているようで嫌だと言ってくれた。  僕はあまり強いドラゴンではなかった、ドラゴンの中では多分だが弱い方だっただろう。でもファムにとっては僕は強いドラゴンだった、そう彼女は心から思ってくれていたので、僕も少しだけ体を鍛えるようになった。そしてファムは人間の子どもが嫌いと言っていたが、一晩も寝ればファムは昨日の嫌いを忘れて翌日も街の子どもたちと遊びに行っていた。 「アーベント、ファムはどうして女の子なの?」 「それはどうしてだろうね、ファムが将来お嫁さんに行くためかな」 「お嫁さん、ファムはアーベントのお嫁さんになるの?」 「ははっ、それはファムが大きくなって、いろんな生きている者と出会って、それから決めるんだよ」  僕はファムと一緒にお風呂に入っている時にそんな質問をされた、僕とファムの体は男と女で違っているからされた質問だった。僕はファムがどうして女の子に生まれたのか分からなかった、僕にとってはファムが男の子でも別に構わなかった。でもファムは女の子だったから、そうしたら女性はドラゴンとしては繁殖の為、人間としてはお嫁さんに行く為に生きているのかなと僕は思った。  ファムは僕に自分は僕のお嫁さんになるのかと聞いた、僕はそんなことを考えたこともなかった。確かにドラゴンの中にも変わり者がいて、人間と交尾をするドラゴンもいないことはなかった。でも僕はファムと交尾をしたいと思ったことは無かった、それはもちろんファムが子どもだったからだ。でもファムがいずれ大きく育ってから、誰のお嫁さんになるのかは今の僕には分からなかった。 「アーベント、学園ってとっても面白い!!」 「それは良いことだね、ファム」 「図書室にはいろんな本がいっぱいあるの!!」 「ファムは読書が好きだからね、沢山の本を読んで勉強するのは良いことだ」  ファムは学園に通い始めた、そうすると彼女はまず本に夢中になった。そうして難しいことを言うようになった、僕は難しい科学理論でも何でも僕が知っていることはファムに教えた。他にも魔法をファムは習うことになった、でも既に僕が基本的な魔法はファムに教えていた、だからファムは魔法の授業では優等生だった。  それにファムは剣術も学びはじめた。僕は自分の知る限りでファムに戦い方を教えていった、ファムはそれを次々と覚えていった。ファムの剣術は真っすぐな性格がよく出ていたが、時には相手の予想外の動きをしてみることも大事だった。そしてある時にファムには疑問ができたようだった、それはもっとファムが幼いうちに早く気がついてもいい疑問だった。 「アーベント、私の本当の両親ってどこにいるの?」 「……ごめんね、ファム。それは僕にも分からないんだ」 「どうして私の両親を知らないの、私はただの普通の人間なんだから、ドラゴンのアーベントの子どもじゃないんでしょ?」 「……うん、君は赤ちゃんの時に魔の森に捨てられていたんだ。だから、僕はファムの両親のことを何も知らないんだよ」  僕の言った言葉にファムは衝撃を受けたようだった、今までファムは僕のことを何の疑問も抱かずに父親だと思っていた。だから一緒に食事をして、一緒にお風呂に入って、一緒に眠るのが当たり前だった。でもそれはファムが自分の両親の真実を知ってから当たり前じゃなくなった、ファムはご飯は僕と一緒に食べてくれたが、お風呂やベッドで眠るのはファムだけでするようになった。  僕はファムがまた少し大人になったのだと思った、ファムは両親を恋しがって泣くということはなかった。ファムにとってはやはり僕は父親だったからだ、僕という父親がいることでファムは落ち着いていた。ただ少しファムは僕から距離をとりだした、僕はそれがファムなりの自立するための一歩なのだと思っていた。 「ファム、『貧民街(スラム)』に近づいたら危ないよ」 「煩い!! いいでしょ、私の勝手でしょ!!」 「でもね、ファム。『貧民街(スラム)』には危険が沢山あるんだ」 「放っておいてよ!! どうせ私の本物の親でも無いくせに!!」  ファムは素行がだんだん悪くなった、学園にも行かずに『貧民街(スラム)』の人間と付き合うようになった。僕は心配で毎日ファムのことを見張るようになった、こんなことはしたくなかったが、そうしないとファムには命の危険すらあった。そしてある日事件が起こってしまった、ファムが『貧民街(スラム)』で複数の男たちから襲われた。  ファムが複数の男たちから強姦されそうになった、そして僕は必死になってファムを助けようとした。ファムは突然現れた僕に驚いていたが助けを求めた、だから僕は人間としてその男たちと戦った。剣を使って複数の男たちと戦って、どうにかファムのことを僕は守り抜いた。それで僕は少しだけ怪我をしてしまった、だけどどんな怪我をしても僕は構わなかった、ファムさえ無事でいてくれたならそれで僕は良かったんだ。 「アーベント、ごめん、ごめんなさい!!」 「ファムが無事だったなら良いよ」 「でもアーベントの左腕が、大事な左腕が無くなっちゃったよ!?」 「いいんだよ、だってあの時に男たちと戦わなかったら、人間でいる僕はファムを助けられなかった」  ファムは『貧民街(スラム)』に通っていたことを本当に反省してくれた、その為に僕は左腕を失うことになったが、このくらいは回復の上級魔法で治った。でも僕は左腕を治すわけにはいかなかった、何故なら普通の人間として街で暮らすなら、回復の上級魔法を使って貰える人間は限られていた。だから僕は左腕を治さずに、また昔のように優しい子になったファムと暮らし続けた。  ファムは本当に自分の迂闊な行動を反省していた、そしてまた僕に優しく話しかけてくれるようになった。僕はファムが昔のように優しい子に戻ってくれて嬉しかった、だから左腕くらい無くなっても気にしなかった、ただ少しばかり以前よりも狩りが難しくなった。だがドラゴンだった頃に僕に挑んできた人間たちの財産があったので、それで僕とファムは慎ましく街で暮らしていけた。 「アーベント、『愛の涙』って知ってる? 私はそれがすっごく欲しいの!!」 「『愛の涙』って一体なんだい?」 「ドラゴンが流す、愛情が詰まった『黄金の涙』よ。それを使えば不老長寿になれるんだって」 「驚いた、ファムはまだ十五歳だろう。もう不老長寿になりたいのかい、それに『愛の涙』なんて『魔法の道具(マジックアイテム)』を僕は知らないよ」  ファムは十五歳の大人になっていた、あれから勉強も鍛練も真面目にやって、もうすぐ学園を良い成績で卒業しそうだった。そうして魔法使いになるはずだったファムが、僕にいきなりこんなことを言いだした。でも僕は『愛の涙』なんて聞いたことがなかった、ドラゴンが流す涙だとファムは言っていたが、そんな涙を僕は一度も流したことが無かった。  本当に『愛の涙』が愛情が詰まった涙だったら、僕はファムの為にいくらだって泣くことができた。でも僕が泣いても出るそれはごく普通の涙だった、僕は人間に不老長寿の力を与えるようなことはできなかった。僕はファムが不老長寿になりたがる理由が知りたかったが、何度聞いてみても僕には教えて貰えなかった。ドラゴンの僕もさすがに人間のファムを、そんな簡単に不老長寿にすることはできなかった。 「ほらっ、アーベントこの本は凄く面白くてそれに泣けたでしょう」 「ああ、とてもよくできた物語だったよ」 「じゃあ、『愛の涙』を出してみて」 「だからそんな涙は無いんだよ、ほらっ僕は感動して泣いたけれど普通の涙だ」  ファムは私への愛が足りない、そう言って頬を膨らませて僕に怒った。そうして僕に罰だと言って、体のあちこちをくすぐろうとするものだから、僕はファムからくすぐられて笑い過ぎて涙が出た。それはもちろん『愛の涙』でも『黄金の涙』でもなかったが、僕はとても幸せだと思った。赤ん坊の頃からファムと一緒にいられて、そして二人で楽しそうに笑えて僕は確かに幸せだった。  ファムは大人になってしまったから、そろそろ自立する時期だった。僕とはもうお別れかとポツリと言ったら、ファムから僕はかなり怒られた。拾ったんなら最後まで責任をとりなさい、僕はファムからそんなことまで言われてしまった。ファムには家を出ていくつもりは全く無く、僕と一緒に暮らし続ける予定だと言われた、僕もそれに反対する理由が無かったのでファムの言う通りにした。 「アーベント、私は冒険者になるわ」 「そうか、でも気をつけて。危ないことはしちゃ駄目だよ」 「大丈夫よ、私の学園の成績を忘れたの?」 「学園で一番だったね、魔法も剣術も一番だった」  ファムは良い成績で学園を卒業していた、そうして魔法使いになっていたが、ある日いきなり冒険者になると言いだした。僕はファムも立派な大人になったことだし、さすがに『貧民街(スラム)』の時のようにずっとファムを見守ることはできなかった。だから冒険者という危ない職業につく、そんなファムのことを随分と心配した。  そして僕はファムが冒険に出かける度に祈っていた、誰に祈っていたのかは僕にも分からない、ただファムが無事で帰ってくることを祈っていた。ファムはいつもきちんと僕の家に帰ってきた、少しばかり泥だらけになってくることもあったが、怪我などはいつも必ず外で治してきて、ファムは僕に余計な心配をかけようとしなかった。 「もうアーベントが泣いてくれないから、私が不老長寿の人間になれないわ」 「また『愛の涙』の話かい、きっとそんなものは無いと思うよ」 「アーベントが知らないだけかもしれないわ、それに多くの錬金術師がこの涙の存在を本に書いてる」 「そうか、愛情が詰まった涙か。それなら、僕はお嫁さんでも探した方がいいかな」  冒険者になってもファムは無事に僕の家に帰ってきた、そうして相変わらずファムは『愛の涙』という『魔法の道具(マジックアイテム)』を欲しがった。人間の女性というものは不老長寿に憧れるのだと、僕の母親のドラゴンがそういえば昔に言っていた。僕が真剣に『愛の涙』を手に入れるには、まずはお嫁さんが必要そうだった。  だがそれなら要らないとファムは言って、それからかなり機嫌が悪くなってしまった。僕はその理由が分からなかった、本当に何も僕は分かっていなかった。ファムが不老長寿になりたがる理由も、僕がお嫁さんを貰うと言うとファムが嫌がる理由も分かっていなかった。それがファムのたった一つの感情から起こっている、そういうことに人間の気持ちに鈍かった僕は気がつかなかったのだ。 「アーベント、もう今日は大変だったのよ」 「そうかい、何があったんだい?」 「貴族からの依頼だったから、マナーが必要で大変だったの」 「ファムはマナーが好きじゃないからか、それはファムにとって大変な依頼だったね」  ファムは銅の冒険者から金の冒険者になっていた、それはファムの毎日の努力のおかげだったが、金の冒険者ともなると貴族との付き合いも増えた。僕はファムに人間のマナーを教えていたし、ファムは学園でもマナーについて学んでいた。でもファムはマナーがあまり好きでなかった、意味の分からない細かい決まりを守ること、それが大事だと分かっていたがどちらかというと嫌いだった。  マナーとは相手を不快にさせないために必要なことだった、特に貴族には必要で不可欠なものでもあった。貴族や王族はマナーというものを大事にした、それは時に権力をみせつけるためだったり、社交界での常識を守るためでもあった。そんな貴族たちと付き合うことになった、ファムは小さい頃と変わらずにマナーが嫌いで、それでも今の彼女には必要なものだったから、大変だと言いつつ器用にマナーを守っていた。 「アーベント、私。白金の冒険者になったわ!!」 「おめでとう、ファム。よく頑張ったね、僕は君が誇らしいよ」 「これでアーベントの腕が治せる!! 神殿で一番に魔法が得意な神官に治して貰えるわ!!」 「そうなのかい、それは嬉しいな」  冒険者になったファムはどんどん強くなっていった、そうしてあらゆる魔物退治をした。だがもちろんドラゴンにだけは手を出さなかった、彼女は僕の同胞のことは大事にした。そうしてファムが白金の冒険者になったから、お金も沢山貯まっていた。僕はファムに右手を引っ張られて神殿に連れていかれた、そうして失った左腕を回復の上級魔法で治して貰った。  僕は左腕が戻ってきたことも嬉しかったが、何よりファムが僕を想って大事にしてくれたことが嬉しかった。だから真っ先に戻った僕の左腕、いや両腕で僕の大切なファムを抱きしめた。ファムはそのことをとても驚いていた、でも僕のことを嫌がってはいなかった。僕は大切な家族であるファムを抱きしめて、それから心をこめてありがとうと彼女に感謝を伝えた。 「アーベント、どうしよう。私、王子様の側室になれって言われたわ」 「ファムはその王子様が嫌いなのかい?」 「王子様なんてよく知らないわ!! 私はアーベントの方がずっと好き!!」 「そうかい、それじゃあ。僕と一緒に逃げよう、ファム」  僕とファムはその日のうちに十年以上を過ごした街から、いやその街があった国から二人だけで逃げ出すことになった。僕は大切な家族であるファムのことが大好きだったから、ファムが願うのなら何だって叶えてあげたかった。だからファムが嫌がっていることを押しつける国から逃げ出した、ファムを乗せてドラゴンの姿に戻って飛べば、その国から僕たちが逃げるのはとても簡単だった。  ファムは白金の冒険者として近隣の国では有名になっていた、だから僕はかなり遠くの国にファムを連れて飛んでいった。僕の昔の縄張りが遠くなって見えなくなった、少しだけファムと出会った場所を離れることを寂しく思ったが、今のファムを守ることの方がもっと大事だった。僕にとってファムはもう失いたくない家族だった、僕のドラゴンとしての一生の一部でもあった。 「えへへっ、また銅の冒険者からやり直しだわ」 「そうか、そうなるんだね。そういえばそろそろファム、君は結婚をしなくていいのかい」 「…………私は人間とは結婚したくないわ」 「あの王子様は酷かったからなぁ、まるで動く豚のような人間だった」  ファムが王子様の側室になるのを嫌がった時、僕は一応その王子様の正体を確認しておいた。ぶくぶくと太っていたうえに醜い顔をしていて権力で女性を集めて、そして女性を無理やり犯すのを楽しみにしている人間の屑だった。僕はファムが人間と結婚したくないのも無理はないと思った、だから無理にファムに結婚をすすめたりもしなかった。  ファムはもう結婚してもおかしくない年頃だった、いやむしろ結婚をするなら今という年頃だった。だからファムの周囲の男性は、全く見る目がないと僕は思っていた。少しファムを見ていたら分かることだった、ファムはとっても可愛くて、そして優しくて仲間想いの美しい少女だった。冒険者の仲間たちとファムは仲良くしていた、でもその仲間とも結婚をしたいとは言いださなかった。 「アーベント、私もっと強くなるわ」 「そうか、強くなることは良いことだね」 「もっと強くなって、色んな『魔法の道具(マジックアイテム)』を集めるの!!」 「何か欲しいものでもあるのかい?」  ファムは僕の問いに欲しいものがあると言っていた、それを手に入れられたら他には何もいらないとさえ言っていた。僕はファムがそんなに欲しがるのなら、なんだって手にいれてあげたかった。でもファムは自分の力で手に入れないといけないの、そう言って僕の力を使うことを嫌がった。僕はこれでも誇り高きドラゴンだったのに、可愛い養い子の願い一つ叶えてあげられなかった。  それにファムは自分が欲しいものを決して僕には教えてくれなかった、どんなに聞いてもそれだけは教えてくれなかったのだ。僕はそれが不思議だと思っていた、ファムは素直で僕には何だって話してくれていた。それでもファムが一番欲しいものは教えて貰えなかった。ファムは一体何が欲しいのだろうか、伝説の不老不死の薬でも欲しいのだろうかと僕は思っていた。 「アーベント、貴方は私のことどう思う?」 「ファムは僕の大切な家族だよ」 「そうね、私たちはお互いに大切な家族よね!!」 「ああ、そうだよ。僕にとってファム、君はとても大切な家族だ」  僕は時々ファムから不思議な質問をされた、それにどう答えるのが正解なのか、僕にはさっぱり分からなかった。でも僕にとってファムは大切な家族だったから、そう素直に僕は思ったことをそのままに彼女に伝えた。ファムは少し寂しそうな顔をした、でもそれから嬉しそうな顔もした。僕の小さかったファムはもう大人の女性になっていた、そう立派な大人のとても美しい女性だった。  僕は人間の成長は本当に早いなと思った、この間まで赤ちゃんだったファムがもう大人の美しい女性になっていた。僕はそうしてお嫁さんにするのなら、ファムのようなドラゴンが良いと思った。ファムは本当に美しい女性だったし、自分を強くする為に努力を怠らなかった。そんなふうに戦い続けるファムのことを綺麗だと僕は思った、本当に綺麗だと思ってしばらく僕の心臓はいつになく早く脈打った。 「アーベント、私。結婚しようと思うの、彼はとても良い人間よ」 「……それはおめでとう、そうかファムがとうとう結婚かぁ」 「アーベント、心から祝福してくれる?」 「ああ、もちろん。僕はファムの決めた結婚、それをもちろん心から祝福するよ」  僕の大切なファムが結婚することになった、相手はファムと同じ冒険者で優しそうな人間だった。僕はファムが彼と結婚すると言いだしてから、実はその相手を密かに観察することにした。僕は確かにファムに祝福するとは言ったが、ファムを託す相手のことをよく知っておきたかった。ファムが伴侶に選んだ青年は僕と同じ黒い髪に紫の瞳を持つ人間だった、そしてとても優しくて誠実な人間だと分かった。  それは冒険者ギルドからの評価や、街での評判それに何よりファム自身からの言葉で確かめた。ただ僕が心配だったのは、ファムの瞳の中にはまだ迷いが見えた。人間の女性は結婚をする時期には心が不安定になるという、だからファムもそうなのかと僕は思った。迷いながらする決断は危険だった、だから僕はファムの結婚を本当は心から祝福できなかった、ファムのことが僕はとても心配でたまらなかった。 「もう無理!! 私は彼と別れるわ!!」 「まぁまぁ、落ち着いて話そう。ファム」 「だって私は彼をどうしても愛せないの!!」 「それなら仕方がない、でもよく考えてみるんだよ」  ファムはすぐに結婚した相手と別れた、その結婚生活は一カ月も持たなかった。優しくて誠実な青年はファムのことを浮気女と呼んだ、僕はその言葉に怒って彼と口喧嘩をした。ファムが浮気をしていることはなかった、ファムから僕と彼以外の男性の匂いがすることは無かったからだ。でも優しくて誠実だったはずの青年はファムから去っていった、そうしてファムはもう結婚はしなくていいと言った。  僕はファムを止めるべきだったと後悔した、そうして僕の家に帰ってきたファムを優しく労わった。ファムは自分が悪いのだと言っていた、どうしてそう言うのか僕はファムに聞いてみた。ファムは最初のうちはそれを教えてくれなかった、でもやがて心の傷が癒えたのかある日ファムはこう教えてくれた。ファムはドラゴンでいう交尾である初夜が怖くて仕方がなかった、それでどうしてもあの青年を受け入れることができなかったのだ。 「アーベント、私のこと嫌いになった?」 「ファムことが僕は大好きだよ」 「それは本当、本当に私が好き?」 「ああ、ドラゴンは嘘が嫌いなんだ。僕はファムが大好きだよ」  あれからファムは僕にこんな質問をすることが増えた、でも僕はそれでファムはきっと自分の居場所を確認しているのだと思った。自分が僕の家にいていいのかと確認している、そう思ったから僕はいつもファムに対して素直に答えた。僕はファムのことが養い子として好きだったし、もう三十年くらい一緒にいたから大好きだった。  それはファムが幼い頃からちっとも変わらなかった、僕はあの日ファムを拾った時から彼女のことが大好きだった。だからファムには幸せになって欲しかった、ファムの幸せが何だか僕は知りたかった。それでそれとなくファムにどういう時が幸せなのかと聞いてみた、ファムは僕に向かって本当に幸せそうに微笑んで今が一番幸せだと答えた。 「アーベント、私が貴方を好きだって言ったらどうする?」 「え? 僕はファムのことが大好きだよ」 「そうじゃないの!! 私は一人の男性としてアーベントのことが、貴方が好きだって言いたいのよ!!」 「ええ!?」  ある日、僕はファムから告白をされた。それは男女の間でする性欲を伴った告白だった、僕はファムのことをずっと養い子だと思っていた、だからファムからの告白にびっくりしてしまった。そんな僕だったから咄嗟に返事をすることができなかった、精一杯の勇気を出して告白してくれたファムのことを、僕は受けとめてあげることができなかったのだ。  あまりにも予想外のことを聞かされて、僕は驚き過ぎてとても混乱した。ファムはなかなか返事が出来ないでいる僕のことをずっと見ていた、しばらくファムは待っていてくれたが、やがて悲しそうにファムは微笑んで言った。なんちゃって、嘘よ、びっくりした。そうファムは言ったが、僕はファムのその嘘に気がついた、だからとりあえずは嘘にしてくれたファムの告白をよく考えるようになった。 「ファム、僕に少しだけ時間をくれないかい?」 「え? 何のこと?」 「この前、僕に君が告白してくれたことだよ」 「アーベントったら、ふふっ。あれは嘘だって言ったでしょう、だからもう考えてくれなくていいわ」  僕はファムの言葉を聞いて、僕はファムから見捨てられたと思った。ファムにはもう僕が要らなくなったのだと思った、そう思ったら僕は涙が止まらなくなった。僕にとってファムは大切な家族だった、何があっても失いたくないとても大事な家族だった。そんなファムから見捨てられてしまったから、凄く悲しくなって僕は何も言えずにただ泣いた。  そうしたらファムが凄く驚いていた、そうしてファムは僕のことを慰めようとしてくれた。でも僕はファムに見捨てられたと思っていた、たとえ一緒に住んでいてもファムはもう僕を必要としていなかった、そうもう僕には関心が無いのだと思っていた。ファムは一生懸命に僕を慰めようと、私たちは家族よと言ってくれた、アーベントが私を女性として見てくれなくても家族だと言ってくれた。 「ファム、僕はちょっと旅に出たいと思う」 「え? ねぇ、それって一体どのくらい? もちろん、帰ってくるのよね?」 「ちょっとそれは分からない、でもこのままだと君の身が危険なんだ」 「え?」  僕には初めて発情期というものがきていた、誰かと交尾がしたくなって僕は仕方がなかった。ドラゴンの発情期がこんなに強いものだと僕は知らなかった、このままだと僕と一緒に住んでいる女性のファムは危険だった。だから僕は少しの間だけ旅に出るつもりだった、どこか誰もこない魔の森の奥で僕の体を熱くする発情期を遣り過ごそうとしていた。  僕は誰かメスのドラゴンを探そうとは思わなかった、僕はそんなに強いドラゴンじゃなかったから、そんな僕には子孫を残す価値は無いと思った。ファムはそんな僕のことを心配して、一人じゃ絶対に行かせないと言った。それにファムは私のことを見捨てるのとも言った、僕にはファムを見捨てるなんてことはできなかった、でもこのままだとファムの身が本当に危険だった。 「ごめん、ごめんよ。ファム、とても怖かっただろう」 「ああ、アーベント。どうしてそんなに謝るの、私は今とっても幸せなのよ」 「だってファムは初夜を怖いと言っていたじゃないか、それなのに僕は君を強引に抱いてしまった」 「ふふっ、男らしいアーベントも素敵だったわ。私の大好きなアーベント、私は本当に幸せだわ」  僕は発情期の性欲に負けて養い子であるファムを襲ってしまった、そうして僕はファムを抱いてしまってから何度も、何度も、彼女に謝った。僕はファムの保護者として失格だった、ファムが初夜が怖いと言っていたのに、僕は初めての彼女を優しく抱くこともできなかった。でもファムは幸せそうに微笑んでいた、そうして保護者としては失格の僕を抱きしめてくれた。  ファムは本当に幸せだと言ってくれた、僕はファムに乱暴な交尾しかできなかったのに、本当にファムは幸せそうだった。僕はそれが不思議で仕方がなかった、だからファムに謝ったのに、そんなに謝るなら嫌いになると言われた。僕はファムから嫌われたくなかったから、とても悪いことをしたはずなのに、大切なファムに謝ることもできなくなった。 「ああ、アーベント。もっと私に触れてちょうだい、そう今度はそう優しくお願いよ」 「ファム、僕に抱かれて嫌じゃないの?」 「私はアーベントを愛しているわ、だからもう貴方のことを放してあげないわ」 「そうか、分かった。僕はファムとずっと一緒にいるよ、もう君から決して離れないよ」  僕はファムのことがまた好きになった、それはただの養い子としてではなかった。そうファムのことを一人の女性として好きになった、それくらいファムは魅力的な女性だった。そう赤ちゃんだった君は、いつしか僕の理性を吹き飛ばすくらい、それくらい美しい女性へと成長していた。僕はファムが大好きだった、いやファムのことを一人の女性として愛していた、そうやっと僕はそのことに気がついた。  僕がいつからファムのことを愛していたのかは分からない、でもファムのことを好きになったから、僕には発情期がきたのだと僕はようやく気がついた。そうして初めてのファムに優しくできなかったことを後悔した、だからファムに触れる時には優しくするようにした。でもファムの魅力的な誘いに抗えなくて、少し強くファムを抱いてしまうこともあった、ファムはそんな時でもとても幸せそうだった。 「アーベント、大好きよ。私は貴方を愛してる」 「ファム、僕も君が大好きだ。そして、愛しているよ」 「ありがとう、アーベント。それが養い子への愛でも、私とっても嬉しいの」 「ファムはもう僕の養い子じゃないよ、立派な一人の美しい女性だ」  ファムと僕は夫婦になった、そうして小さいが結婚式もした。住んでいる近所の親しい人たちを招いて、僕の大切なファムは綺麗な純白のドレスを着て、そうしてファムは僕のお嫁さんになった。僕は美しくて優しいお嫁さんを貰ってとても幸せだった、叶うことなら今この瞬間に時が止まって欲しかった。二人きりになったらファムと僕とはキスをして、そうして体を重ねて気が済むまで愛し合った。  僕はファムをこんなに愛することになるとは思わなかった、僕にとってファムは最初は小さな赤ちゃんだった。少し成長すると大切な家族になった、そうして今では僕の愛するお嫁さんだった。ファムはそのことをまだ分かっていなかった、僕がファムに愛してると言っても、養い子だから愛してくれているのだと思っていた。それが少し僕には悲しかった、でもそれ以外では僕はとても幸せだった。 「アーベント、私は貴方との子どもが欲しいわ」 「それじゃ、いっぱい愛し合おう。ファム」 「貴方に似た男の子がいいわね」 「そうかな、君に似た女の子もきっと可愛いよ」  僕とファムは夫婦で愛し合っていた、ファムはまだ僕がファムを養い子として愛している、そう勘違いをしたままだった。僕は何度もファムのことを一人の女性として愛してる、そう何度も伝えたのだがなかなか信じて貰えなかった。そしてファムは僕との子どもを欲しがっていた、僕はファムが欲しいのなら彼女に子どもを与えたかった。  でもファムは出産をする年齢を少し過ぎていた、だから僕とファムは確かに愛し合っていたが、結局僕らの間に子どもが産まれることはなかった。それをファムはとても悲しんで泣いてしまった、だから僕はファムのことを優しく抱きしめて愛を伝えた、僕はもっと早く自分の気持ちに気づかなかったことを後悔した。僕がもっと早くファムを愛していると気づいていたら、きっと僕らには子どもが産まれていた。 「アーベント、もう無理をしなくていいの、私を抱かなくてもいいのよ」 「ファム、僕は無理なんてしていないよ」 「でももう私は女としては老いて、それに醜くなってしまったわ」 「ファム、君はドラゴンの僕の愛情が分かっていないよ」  ファムはやがて僕に抱かれると寂しい顔をするようになった、彼女はまたとんでもない勘違いをしていた。ファムが老いてしまったから、僕がファムを無理をして抱いていると思っていた。とんでもない僕は無理なんてしていなかった、老いてしまっても僕にはファムは愛おしい女性だった。そうファムの顔に刻まれる皴さえ僕にとっては愛おしかった、それは長い年月をファムが僕を愛してくれた証だった。  でも僕はファムが本当に嫌がるようになったら、ファムのことを性的な意味で抱かなくなった。でもファムを大切に抱きしめることは止めなかった、ファムもそんな僕を嫌がらず止めなかった。ファムはようやく僕がファムを養い子としてではなく、本気で一人の女性として愛していると気づいてくれた、そうして僕たちは体は繋げなくなったけれどお互いに本当に愛し合っていた。 「もうすぐお別れね、アーベント」 「ファム、まだだ。まだ、時間があるよ」 「ふふっ、私の夫は相変わらず嘘が下手ね」 「そうかい、ファム。どうか、どうか、一秒でも長く僕といて」  人間であるファムは老いて体も弱くなっていった、僕はできるだけファムの傍にいたかった。人間であるファムと、ドラゴンである僕とでは、流れる時間が違うとは分かっていた。ファムは老いてもうすぐ僕から離れていってしまう、世界の大きな力に返ってしまうのだ。でも僕はまだ早い、そう早過ぎると言ってファムを抱きしめた。  老いていって背骨が曲がり少し体が小さくなった、そんなファムのことが僕は愛おしくてたまらなかった。僕はファムを抱きしめながら泣いた、そして少し前にファムが『愛の涙』を欲しがっていた、そのことを思い出して分かった。ファムはただ不老長寿になりたいわけじゃなかった、そう僕と一緒に長く過ごす時間が欲しくて、そのために彼女は『愛の涙』で不老長寿になりたかったのだ。 「ふふっ、本当に『愛の涙』があれば良かった。私は優しい貴方のことが心配よ、私がいなくなったら誰か愛する者を見つけてね」 「ファム、僕には君以上に愛せる女性はいないよ」 「愛しているわ、アーベント。でもだからこそ貴方には幸せでいて欲しいの、貴方がまた愛することができる者を見つけて欲しいの」 「ファム、そんなことはできそうにないよ」  ファムはベッドに寝ていることが増えた、もう僕と体で愛し合うことはできなかった。でもそんなファムが僕は愛おしくてしょうがなかった、ファム自身がいなくなった後のことまで心配してくれる、そんなとても優しいファムのことを僕は心から愛していた。でもファムにはもう時間がなかった、ベッドで寝ている時間はどんどん増えていった。  僕はファムができるだけ長生きできるように、できるだけ快適に過ぎせるようにずっとファムの傍にいた。ファムはそんな僕のことを愛していると言ってくれた、そうして本当にファムは僕を愛してくれていた。だからファムがいなくなった後のことまで心配してくれた、僕を本当に愛しているからファムは僕の幸せだけを想ってくれていた。 「本当に心から愛しているよ、ファム。だから僕は君以外を愛さないとやく……」 「ふふっ、駄目よ。アーベント、そんな約束は許さないわ」 「何故なんだファム、僕は君だけを心から愛している」 「だからよ、アーベント。私も心から貴方を愛している、だからそんな約束はさせ……ない……の…………」  ファムは最期まで幸せそうに微笑みながら生きた、そうして最期は僕の腕の中で幸せそうに微笑みながら死んだ。僕はファムが死ぬ前にファム以外は愛さないと約束しようとした、そう僕は本気でそう思っていてファムだけを愛していたからだ。でもファムは僕にその約束を許さなかった、決してしてはならないと言って僕を止めた。そうして泣いている僕を慰めてくれた、僕の口に優しく最期のキスをしてくれた。  ファムは僕に他の誰かと幸せになってと言っていた、そうドラゴンでも人間でも誰だっていいから、ファム以上に愛する誰かを見つけてと言っていた。その願いにはまだ長い時を生きていかなければならない、僕のことを本当に想ってくれているファムの僕への愛が満ち溢れていた。ファムは僕をずっと愛し続けて最期まで僕を愛して死んでいった、僕はファムを失っていっそ死んでしまいたいくらいに悲しかった。 「ファム、一人はとても寂しい。僕を本当に愛してくれたファム、僕は君のことが忘れられないよ」  僕はまたドラゴンの姿に戻って懐かしい住処に戻ってきた、幸いにも僕の昔の縄張りには他のドラゴンが住み着いていたりしなかった。久しぶりに戻った懐かしい住処には、昔のファムのことを思い出させる物が沢山あった。ファムのために作った台所、ファムのために作った柵、ファムのために用意した本などがあった。  僕はそんな思い出の品々を見てまた涙を零した、それは僕の愛するファムのための涙だった。僕はそうして奇跡を見ることになった、それは僕にとって遅すぎる奇跡だった、もっと早く起こって欲しい奇跡だった。僕の流した涙の一滴が『黄金の涙』になったのだ、これがファムがずっと探していた『愛の涙』だった。 「もう遅いんだ、もう僕にはこれは必要ない。だって、僕はファム以上に愛する者なんていないんだ」  その『愛の涙』である宝石のような美しい黄金色の石から、そうファムが持っていた金色の瞳のような石から確かに大きな力が感じられた、世界の大きな力が形となって現れた奇跡というべき涙だった。確かにこの『愛の涙』を誰かが飲んだら不老長寿くらい叶えられるだろう、でもファムを失ってしまった僕にはもう必要の無い物だった、だからといって僕はそれを手放すこともできなかった。もちろん自分でそれを飲む気にもなれなかった、だってもう僕には愛するファムはいないのだ。  僕はファムとのいろんな思い出を辿った、そしてこの『愛の涙』を見守り続けることにした。いつか僕のように人間を愛するドラゴンのために、そう人間という儚い種族を愛する優しいドラゴンのために、僕は『愛の涙』を守り続けて生きていくことにした。そうして僕の代わりにそのドラゴンには幸せになって貰いたかった、僕は今も愛しているファムのことを想い続けながら、いつか来る誰かのために『愛の涙』を守り続けた。 09ca3f57-471f-47d0-ad2e-10a7ecb14bfe
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