12人が本棚に入れています
本棚に追加
第1話 暗礁の日々(10)
「…………え?」
唐突な発言に、ミンウェイは絶句する。
「そもそも、こんなプロポーズ、間違っているだろう? 一族にかこつけてミンウェイを手に入れようだなんて、卑怯だ。ミンウェイの気持ちをないがしろにしている」
「逆よ! リュイセンは私のために、自分の気持ちを無視したの。ないがしろは、リュイセンのほう……」
詰め寄るミンウェイに、リュイセンは首を振った。
「俺はちゃんと、自分の気持ちは言った。ミンウェイが好きだと」
「!」
「ミンウェイは勘違いしている。俺は別に、自分を抑えてなんかいない。むしろ、自分でも、どうしたかと思うくらい、暴走している」
大真面目な顔でそう言ってから、リュイセンは楽しそうに口元を緩める。
「ミンウェイ。俺はただ、ミンウェイを幸せにしたいだけだ」
彼は微笑んでいた。――こんな場面で笑えるほど、彼は逞しくなかった……はずだ。
「そして、ミンウェイが俺のプロポーズに悩むのなら、俺はまだ『足りていない』ってことだ」
「『足りていない』?」
「ああ。『ミンウェイが認める男』に、まだ足りていない」
「……っ」
肯定か否定か、はたまた、まったく別の答えか。何を言えばいいのか、ミンウェイはとっさに言葉が浮かばない。
揺らめく彼女の瞳に、リュイセンがくすりとする。
「たぶん、さ。ミンウェイは一生、俺の中に、子供の俺を見ると思う。……仕方ないさ、だって出逢ったときは、本当に俺は小さな餓鬼だったんだから」
「……」
ごめんなさい、と言うべきか。それは彼を傷つけるのか――。
困惑、混乱、動揺……。そんな感情が絡みついて、身動きが取れない。先ほどから、まともに喋れなくなった自分に、ミンウェイは苛立つ。
けれど、リュイセンは気にした様子もなく、ただ優しく穏やかに語り続けた。
「俺はずっと、ミンウェイを守りたいと思って生きてきた。それだけ伝えられれば、今は充分だ」
「リュイセン……」
彼は、自分は卑怯だと言ったが、卑怯なのは何も答えないミンウェイのほうだ。
申し訳なく思った途端に、彼女の瞳に脅えが混じる。リュイセンはそれを見落とさない。
「ごめん。……俺は少し、焦っていた。――ミンウェイを取られたくなかったんだ」
彼は、照れたように苦笑した。軽い口調で誤魔化しているが、それが彼の偽らざる本心だと痛いほど伝わってきた。
「取られたくないって、誰に……?」
「『誰にも』だ」
「え?」
「誰にも、ミンウェイを取られたくない」
その瞬間、夜風を斬り裂くように、リュイセンが動いた。さらさらとした髪が月光を弾き、黄金に煌めく。
まるで彼の太刀筋のような神速でミンウェイのもとにたどり着くと、彼の両腕がふわりと彼女を抱きしめた。
そして、耳元で告げる。
「――――」
ミンウェイが息を呑んだのと、リュイセンの体が離れていったのは同時だった。
そのまま、彼は「おやすみ」とだけ残して去っていく。
彼女はその背中を追うこともできず、ただ呆然と見送った。
十年前とは違う彼の抱擁と、耳の中に残る低い声の余韻に戸惑いながら……。
――愛している。
最初のコメントを投稿しよう!