第2話 目覚めのない朝の操り人形(2)

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第2話 目覚めのない朝の操り人形(2)

 女の口ぶりから、彼は気づいた。 「私を……監視していたのですか?」 「ええ」  女の肯定を耳にして、初めに訪れたのは屈辱。それが徐々に、混乱に取って代わる。  まったく知らない女だった。  この研究室は、ごくわずかな者しか知らない場所にある。  (ちまた)では〈七つの大罪〉は、何処かに大規模な秘密の研究施設を持っており、〈悪魔〉たちは皆そこにいると思われているようだが、それは違う。〈悪魔〉は個人的に〈神〉――すなわち王と契約を結び、資金を得て、思い思いの場所に散っていく。  だから、彼の研究室の場所を知っているのは、〈七つの大罪〉の中枢にいる人間のみ――。 「無事に目覚めてよかったわ。私は、『記憶』の扱いには慣れているけれど、『肉体』のほうは自信がなかったから」 「!? どういう……ことだ……?」 「〈(ムスカ)〉の記憶を持つ『あなた』なら、そろそろ気づいているんじゃないかしら?」  女は、冷たい声でそう言った。わずかに上がった紅い唇からは、悪意すら感じられる。  彼は、無意識に自分の体を抱きしめた。  急に老いた体。健康状態に問題はなさそうであるが、若干、筋肉がぎこちない。  そして、瑞々しさは失われてきたものの、綺麗な肌。傷も、しみも、何ひとつない、綺麗すぎる皮膚。  そう。今まで彼が、実験で作り続けてきた『肉体』と同じ――。 「『私』は……!」  言いかけて、彼は言葉に迷った。――自分が『作り物』であると、認めることをためらった。  けれど女は、「その顔は、ご明察よね?」と嗤い、残酷に告げる。 「そう。その肉体は、自然に生まれた人間のものではないわ。天才医師〈(ムスカ)〉が、自分の細胞から作ったクローンを、培養液の中でその年齢にまで育てた『もの』」 「……っ!」 「そして、『あなた』が持っている記憶は、〈冥王(プルート)〉に保存されていた〈(ムスカ)〉の記憶」  ねとつく女の目線が、彼の頭から足の先までを舐める。 「つまり『あなた』は、〈(ムスカ)〉本人のクローン体を使った〈影〉――ということね」 「!」  膝が、崩れた。  背後の硝子ケースに、寄り掛かるようにして、なんとか体を支える。  まさか――であった。  今まで数々の人体実験を繰り返してきた彼が、よもや自分自身が……と考え――、それは、彼の持つ『記憶』が感じたことであり、彼自身は『生まれたばかり』であることに気づく。  彼は、拳を握りしめた。  女の言っていることは正しいだろう。認めたくはないが、認めざるを得ない。  けれど、何かが引っかかった。  動悸を打つ胸を押さえ、彼は呼吸を整える。 「〈(ムスカ)〉が、この年齢の肉体を作った……?」  だが彼には、こんなものを作った記憶はない。 「……いや、順番が逆なのか。オリジナルの私は、この私が持つ『記憶』を保存したあと、この『肉体』を作ったわけか」  そう呟いて、彼は、はっと気づいた。 「おい、女! 何故、保存してある記憶を使った? どうして、直接、本人から記憶を移さない? オリジナルの私は、何処にいる!?」  ぞんざいな口調で問いかけながらも、答えは出ていた。だから、それは女への確認でしかなかった。 「〈(ムスカ)〉は死んだわ。もう十数年も前のことよ」 「……っ!」  「『あなた』は、〈(ムスカ)〉が報告書にまとめていた、『死者の蘇生』を実践した『もの』。――私は、死んだ天才医師〈(ムスカ)〉を蘇らせたの」 「……お前は、何者だ?」 「〈(サーペンス)〉。――でも、正確には、『私』は〈(サーペンス)〉の〈影〉。この肉体の名前なら、ホンシュアよ」 「〈(サーペンス)〉?」  聞き覚えのない名前だった。 〈悪魔〉であることは間違いないだろう。〈七つの大罪〉では、〈神〉との契約時にラテン語読みの動物名が与えられる。『大罪』を司る悪魔と、象徴する動物がいることに由来するらしい。  本来の宗教になぞらえるなら、〈悪魔〉は七人だ。だが、あいにく、この国の〈七つの大罪〉は、フェイレン神の代理人と呼ばれる王が、神格化されている自身に皮肉と否定を込めて、異教の言葉を借りただけだ。  だから、〈悪魔〉の数は、必要とあらば幾らも増やす。この〈(サーペンス)〉は、彼が『死んでいる間』に、新しく〈悪魔〉になった者なのだろう。  彼がそう考えたとき、女――〈(サーペンス)〉が、彼の思考と同じことを口にした。 「〈(サーペンス)〉が〈七つの大罪〉に加わったのは、〈(ムスカ)〉が死んだあとだから、知らなくて当然よ」 〈(サーペンス)〉は、高飛車にくすりと嗤う。その仕草が妙に小賢しくて、彼は忌々(いまいま)しげに鼻を鳴らした。  この女に主導権を握られるのは矜持が許さない。速やかに情報を得て、優位に立たねばなるまい。
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