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第2話 目覚めのない朝の操り人形(3)
「理解しました。では、あなたにふたつ質問があります」
「どうぞ」
余裕の笑みを見せる〈蛇〉に、彼は淡々と問いかける。
「ひとつ目は、オリジナルの私の死について。私は何故、死んだのか。そのことによって、娘のミンウェイはどうなったのか」
彼の質問に、〈蛇〉は黙って頷き、続きを促す。
「ふたつ目は、あなたが私を生き返らせた理由。しかも、記憶年齢とは合わない老いた肉体を使うという、不完全な状態であることも含めて説明を願いたい。私の研究報告書には、年齢を合わせるようにと記してあったはずです」
〈蝿〉は、肩に垂れてきた長い白髪混じりの髪を乱暴に払う。この肉体は、どうにも不快だ。
「もっと取り乱すかと思ったら、意外と冷静なのね」
「私は、無駄なことに時間を使うのが嫌いです」
オジリナルが死んでいるのなら、好都合だ。彼が〈蝿〉に――鷹刀ヘイシャオに成り代わればよい。
睨みつけるような彼の目線に、〈蛇〉は「どちらも、もっともな疑問ね」と相槌を打つ。そして、すっと口角を上げた。
「まずは、ひとつ目の質問の答え。――あなたは義理の父親、鷹刀イーレオに殺されたの」
「なっ!?」
思いもよらぬ名前だった。
彼の記憶では、イーレオとは、妻が亡くなる直前に電話をしたのが最後だ。彼女が記憶の保存を拒否するので、実の父のイーレオに説得してもらおうと連絡を取ったのだ。
だが、イーレオは応じず、彼は永遠に妻を失った。
今思い出しても、胸が張り裂けそうだ。心臓を鷲掴みにされたように苦しい。
イーレオが、彼から妻を奪ったも同然だった。
もし、あのとき、イーレオが……。
彼の心に、昏い闇が宿る。
「私は何故、鷹刀イーレオに殺されたのですか?」
低い――怒気をはらんだ声で、彼は問うた。すると、〈蛇〉は緩やかに腕を組み、ねっとりとした視線を彼に向けた。
「あなた……、自分の娘に随分なことをしていたそうじゃない?」
「なっ!?」
「鷹刀イーレオは、どういう経緯でかは分からないけれど、あなたの所業を知ったのよ。激怒して、そして孫娘を救うためと称して、あなたを殺したの」
「ふざけるな!」
彼は唇をわななかせた。
「勝手な言い草を! 私は、彼女を愛して……!」
あまりの怒りに、言葉が満足に出てこない。そんな彼に、〈蛇〉が、にやりと紅い唇を歪ませる。
「現在、娘はイーレオの屋敷で暮らしているわ」
そう言って、〈蛇〉は一枚の写真を彼に手渡した。
それには、鮮やかな緋色の衣服に身を包んだ、絶世の美女が写っていた。年の頃は、二十代半ばから後半といったところだろうか。
絶妙なプロポーションを引き立てるような、すらりとした立ち姿には堂々とした気品があり、緩やかに波打つ髪が華やぎを添えていた。知性あふれる切れ長の瞳と、美しく紅の引かれた唇からは強い印象を受けるにも関わらず、決して威圧的でなく、むしろ優しげに見える。
「これは……?」
「あなたの娘の今の姿よ」
「まさか!? そんな……!」
彼の手から、するりと写真が滑り落ちた。床で埃にまみれるが、それを拾うなどという行為は、彼の頭の片隅にもなかった。
「違う……! これは、何かの間違いだ……」
彼の娘は、清楚で可憐な、慎ましやかな少女だったはずだ。儚げな瞳に彼だけを映し出す、純粋無垢な乙女。
歳だってまだ十代で、彼の妻の姿をなぞるように成長していた。
それが……。
彼の瞳が、かっと見開かれた。
「こんなのはミンウェイではない! ミンウェイへの冒涜だ!」
理性をかなぐり捨て、彼は吠えた。
長く伸びた髪を振り乱し、獣のように牙をむく。
「俺のミンウェイを返せ! 許さん! 許さんぞ! 鷹刀イーレオ!」
憎い。
一度ならずも二度までも、イーレオは彼からミンウェイを奪った。
ぞわりと。
どす黒い闇が、彼の胸の中をどこまでも広がっていく……。
そんな彼の激昂を、〈蛇〉は冷ややかな眼差しで見つめていた。
そして、彼の感情がイーレオへの憎悪で充分に膨れ上がったのを確認すると、おもむろに口を開く。
「あなたの怒りは、もっともだわ。だから、私はあなたの復讐に協力しましょう。――その代わり、私に天才医師〈蝿〉の力を貸してほしいの。そのために、私はあなたを蘇らせた。これがふたつ目の質問の答えになるわ」
〈蛇〉はそう言って、彼を復讐へと誘った……。
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