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第2話 目覚めのない朝の操り人形(4)
「私の復讐が、お門違い!?」
辛そうに息を吐く〈蛇〉に、〈蝿〉は叫んだ。
「そう……。鷹刀イーレオは……あなたを殺していない。あなたは――オリジナルの鷹刀ヘイシャオは、娘を連れて……、自ら、鷹刀エルファンのもとへ……行った」
「!? エルファン……?」
エルファンは、〈蝿〉の――鷹刀ヘイシャオの従兄だ。
ふたりとも母親を早くに亡くしていたため、ヘイシャオの姉ユイランによって兄弟も同然に育てられ、のちには婚姻によって、名実ともに義兄弟となった。非常に近しい人間だ。
――そうではない。
親友だ。
鷹刀ヘイシャオが、最も信頼していた男だ。
「私が、エルファンに会いに行った!? なんのために?」
一族を離れる日、互いに無言で、永遠の別れを告げたはずだ……。
「殺してもらうため」
その瞬間、むせぶような熱気が消えた。――そう錯覚するほどに、凍てつく響きだった。
それまで、苦しげに言葉を切って話していた〈蛇〉が、そのひとことだけは、ひと息に言ってのけた。
「な……ん、だって!?」
「鷹刀ヘイシャオ、は……生きることを……放棄した。私は……そう、聞いているわ」
「嘘を言うな!」
〈蝿〉は、殴りかからんばかりに拳を震わせた。
「ミンウェイは、俺に『生きろ』と言った。俺が、独りで生き続けるのは辛いだろうから、あの子を育てるようにと言った」
「……」
「その約束を……、この俺が、違えるはずがない!」
迫りくるような熱を振り払い、〈蝿〉は叫んだ。
妻のミンウェイは、誰よりも強く、生きたいと願っていた。
自分がいなくなったら彼があとを追うことを、彼女は知っていた。だから、生きたいと。――記憶を遺すことを拒否したくせに。
我儘だ。自分勝手だ。
……それでも彼は、彼女を愛していた。彼女のためなら、なんだってできた。
だから、彼女の最後の願いが『彼の生』であるのなら、彼は従わなければならなかった。
――そのはずだ……。
「鷹刀ヘイシャオの、死について……私が知っているのは、そのくらい……」
「……っ」
「何故、ヘイシャオが死のうとしたのか……それは、分からない。でも、ヘイシャオの最期は、……確かな伝手から、聞いた、わ……」
「……」
沈黙する〈蝿〉に、〈蛇〉は淋しげに笑いかけた。
「あなたは、信頼できる人間に……自分の娘を託しただけ。その気持ち……分かるわ」
「〈蛇〉……?」
彼が眉を寄せるのも構わず、〈蛇〉は一方的に喋り続ける。辛そうに顔を歪めながら、けれど言い残すことを恐れるかのように、懸命に。
「私は……、あなたが大嫌い。けど……それは同族嫌悪。あなたと、私は……とても、似ているの」
そして〈蛇〉は、今までの彼女とはまったく違う、愛おしげにさえ見える眼差しを彼に向けた。
「あなたも……私も……、他人の犠牲を厭わない……罪人……」
不意に〈蛇〉の体が、びくりと痙攣した。同時に、苦しげなうめきを上げる。
この女は長くない。『そのとき』が、今日なのか、明日なのか――それとも、今すぐ、この瞬間か。それすらも分からない。
冷静になる必要があった。
残されたわずかな時間で、できるだけの情報を聞き出すのだ。そして、この『デヴァイン・シンフォニア計画』に関わる者たちの中で、優位に立つ。
そうしなければ、彼はこのまま、作り物の『駒』だ。
そんなのは認められない。他人に利用されるだけの存在など、まっぴらだ。
「話を戻しましょう。――つまり、あなたは私を騙していた、と。あなたは自分の利益のためだけに、私を蘇らせた。私の技術を利用したいがために……!」
「そうね。……そうなるわね」
「ならば贖罪の意味で、私に詳しく話すべきだと思いませんか? 『デヴァイン・シンフォニア計画』のことを。――私が作らされている『もの』のことを……!」
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