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第3話 箱庭の空(2)
「俺を部下にして、お前は何をする気だ?」
斑目一族の別荘を出て、この館に移り住んだばかりのころ、タオロンは〈蝿〉に尋ねた。
「純粋に、武力としての活用ですよ」
〈蝿〉は、美麗な顔で、冷ややかに嗤った。
――庭園に来てから、初めて〈蝿〉の素顔を見た。
鷹刀リュイセンにそっくりだった。白髪混じりの頭髪から年齢を推測すると、まるで父子に見える。思わずそう漏らせば、『叔父に当たりますね』と、こともなげに教えてくれた。
「武力ということは、俺はお前の護衛ということでいいのか。それとも……」
「それとも?」
タオロンが言いよどむと、〈蝿〉は口元を歪めて楽しそうに聞き返す。タオロンの危惧に気づいているのだろう。
「……人体改造とか、そういう怪しい類のことは……」
期待通りの答えに、〈蝿〉は哄笑を上げた。
「まったく、あなたは分かりやすくてよいですね」
タオロンは不快げに太い眉を寄せるが、〈蝿〉は取り合わない。むしろ愉快でたまらないといった様子で、饒舌になる。
「そうですね。あなたを改造するのは、とても面白そうです」
「っ!」
「ですが、安心してください。私も忙しくてね、あなたを玩具にして遊んでいる暇はないのですよ」
タオロンは、ほっと息をついた。〈蝿〉を喜ばせるだけと分かっていても、安堵の顔は隠せなかった。
〈影〉や〈天使〉を間近で見てきた彼にとって、〈七つの大罪〉の技術は不気味で、禍々しくて恐ろしかった。人の行為として許されるものではなく、胸糞が悪い。虫酸が走る……。
あからさまな嫌悪を見せた彼に、案の定、〈蝿〉は口の端を上げる。
「本当は、『私の駒として、自在に使えるあなた』が、複数いれば便利なのですけどね」
「……?」
「体だけなら、私はいくらでも作れるのですよ。あなたの細胞から、あなたのクローンである赤子を作り、それを急速に成長させて、今のあなたと同じ歳にすればよいのです。私の技術なら、老人にするまでだって、ほんのわずかな時間で充分ですよ」
「なっ!?」
「何を驚いているのですか? あなたは既に、この技術の恩恵を受けていますよ」
「な、んだと……」
タオロンの過剰な反応に、〈蝿〉がくすりと嗤う。彼の感情を刺激するのを承知で、わざと言っているのだ。
「あなたの傷の治りを早めたのは、同じ原理です。局所的に――負傷した箇所だけ、細胞を急速に活性化させ、回復を――成長を早めたのです。勿論、やりすぎれば老化するだけですね」
タオロンは、弾かれたように右上腕に手をやった。以前、藤咲メイシアに刀を落とされ、斬られたところだ。
恐れたような老化の事実はなく、ただの古傷になっていた。――まるで、何年も前に受けた傷であるかのように。
「……」
彼の浅黒い肌では見た目には分からないが、血の気が引いていた。
そんなタオロンの動揺を充分に堪能し、〈蝿〉が嗤う。
「あなたと同じ体を作っても、それは『あなた』にはなりません。生物学的にクローンだとしても、あなたの記憶がないからです。それどころか、生まれたばかりの赤子の頭脳しかないのでは、なんの役に立ちません」
〈蝿〉は息をついた。それは、高圧的な彼らしくもない、溜め息だった。
「ともかく、あなたは私の指示に従って、荒事を請け負えばよいのです。わざわざ言うまでもないとは思いますが、おかしなことをすればあなたの娘は……」
「分かっている!」
タオロンは言い放ち、薄ら笑いを浮かべる〈蝿〉のもとを足早に退散した。
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